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水蜜桃の刻
第5章 その笑顔
そして、先生が帰った部屋の中に、私はひとり残された。
何だか甘ったるいような空気を逃がすように、窓を開ける。
そのまま振り返り、見渡した室内。
大きく、深く息を吐き、そっと目を閉じる。
「……っ」
だめ。
今はまだ、考えない。
そう、自分に言い聞かせた。
もうすぐ、お母さんが帰ってくるから。
それまでに、いつもの私に戻ってなくちゃいけないから。
……絶対に、誰にも知られないように。
先生と、私の……そう、それはふたりだけの秘密だから。
気を抜くと、意識はすぐにそっちに持っていかれそうになる。
机に座る。
テキストを開いた。
先生の指導のあと、いつもしていた復習。
だから今日もそう、いつものように。
結局、お母さんは13時半過ぎに帰ってきた。
『今日の指導内容は次回お知らせするって』
そう言った私に、何の疑いも持たなかったかのようにお母さんは、ああそう、とだけ答えた。
再び部屋に戻り、思わず苦笑した。
普通に、親と話してる自分がおかしかった。
だってさっきまで、先生とここで、いやらしいこといっぱいしてたのに。
はは……と勝手に顔が笑う。
夢みたいな、夢じゃない時間。
想像じゃない。
妄想じゃない。
ちゃんとした、現実。
Tシャツの首元を引っ張り、中を覗き込む。
そこにはたくさんの、紅い痕。
先生がつけてくれた、キスマーク────。
「……消えなきゃいいのに」
ぽつりと、呟いた。
ずっと……そう、ずっとこのままここに、あればいい。
……あってくれればと、思った。