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水蜜桃の刻
第7章 その指先
「はは! ごめんね透子ちゃん。怒った?」
先生がダイニングテーブルに左肘を付き、手を顎に当てて右側のキッチンにいる私を見てくる。
思わず確認した、薬指。
「……先生こそ」
私の口から無意識に言葉が出た。
ん? とその目が続きを促してくる。
「……まだなの? 結婚」
……ああ、と自分の左手を見る。
それからまた私に視線を移し、何も装飾のない指をひらひらとさせた。
「そ。このとおり」
「……そうなんだ」
先生、結婚してないんだ────。
現金なもので、自分のテンションが少し上がったのに気づく。
そしてすぐにそれを打ち消した。
別にそんなの私には関係ないし──そう自分に言い聞かせ、棚から取り出した茶葉の入った缶。
「……実はずっと気になってた?」
突然、そんな言葉が聞こえてきて、持っていた缶を思わず落としそうになってしまった。
「あっ」
慌てて両手を添え、落とさずに済んだことにほっと息を吐く。
少し腰を屈めた姿勢のままでそのまま顔を上げれば、立ち上がってカウンターから私を見ていた先生と目が合い、心臓が跳ねた。咄嗟に背を向ける。
「大丈夫?」
かけられた言葉にわざとしゃがみこんだ。
「……こぼしてはないみたい。平気」
蓋がされているのだからこぼれるはずはない。
でも、誤魔化すように床をさわり、そう答えながら私は小さく息を吐く。