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水蜜桃の刻
第7章 その指先
「昔よくご馳走になったよね。
やっぱり果汁がすごいな」
先生が、そう呟く。
──っ……!
やめてよ、先生──私は少し泣きそうになった。
だって、考えないようにしているのに、その記憶はぐいぐいと私の中でその存在を訴えてくる。
意識してしまう。
ううん、本当は意識したのは今じゃない。
手首を垂れるその果汁にどきりとしたときから?
先生が、桃に気付いたときから?
……違う。きっと、もっと前から。
先生を家にあげたとき。
テーブルの上を片付けようと、私が食べていた桃のお皿を下げたときから?
とにかく、考えないようにしている時点で、もうそれを考えているということに他ならなかった。
だって考えないでなんていられない。
これは私に……私たちにとって、あの出来事を思い起こさせるようなもので────。
「……そ、だね」
先生の言葉にそれだけを返しながら、頭の中に次々と浮かんでくる映像を、だめ、と必死で追い出す。
剥き終わった桃をカットボードの上に置き、ナイフを持つ手に意識を集中させた。
「美味しそう」
呟く、先生の視線を感じる。
すぐそこに先生がいる。
私の手元を見ている。
桃を……ナイフを見ている。
心臓が、うるさい。
どうしようもなく、緊張していた。