この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
水蜜桃の刻
第8章 熱感
その関係が終わったのは彼の転勤が決まったとき。
その勤務地はかなり遠かったから、結婚して一緒についてきてほしいと言われたけれど、24歳の私には結婚なんてまだ正直考えられなかった。
断ったとき、彼は私のそんな気持ちを心のどこかではわかっていたようだった。
どこか冷めている──前の彼に言われたそのことを、彼も思っていたのかもしれない。
今度会ったときお互いフリーだったらまた付き合おう、なんて言葉を彼は残し、私たちは別れた。
それから2年のあいだ、恋愛からは離れていたけれど。
会う約束をしていた、2歳年下の同僚の彼。
前からよく話しかけてきていたその後輩は最近特に積極的で、同期の友達からも「あの子、絶対透子狙ってるよね」と言われるぐらい、ストレートにその好意を示してくる。
最初は誘いを断っていた。
けれど、何度断っても懲りずに誘ってくる彼に、私の中の何かがほだされてしまったかのように……その好意を心地よくさえ思えていた最近だった。
初めて、彼の誘いを受け入れて
そして迎えた今日なのに────。
大きく息を吐き、身体に力を入れて立ち上がった。
テーブルのカップをキッチンに下げ、そのまま洗い物をする。
……傷に、泡がしみた。
ずきずきするそれは、罪悪感に似た感覚。
先生との再会でもう何も考えられなくなった自分。
冷静でなどいられなかった。
こんな自分が私の中にいたなんて。
そう思い、でもすぐにそれを打ち消した。
……ううん、確かにいた。
10年前の私が、そうだった。