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星と僕たちのあいだに
第5章 それぞれの枕辺
 
自宅まで送らせてくれとしつこく迫る河村を置いて、早苗は地下鉄の駅で車を降りた。
別れ際、『もう逢えないのか』と訊く河村に、早苗が夢中になっていた頃の黒光りするような精悍さは見られない。
そんな言葉しか思いつかない、河村という男の底を見たような気がした。
すがる視線を断ち切って、早苗は助手席のドアを閉めた。

地下への階段を降りると、ホームへとつづく寒々とした通路の奥から、さびた匂いをからめた生あたたかい風がうなり、早苗をなぶって通りすぎていった。

風に逆らうように歩きながら、まだひりひりと痛む叩かれた頬の内側を舌の先でさぐってみた。
皮膚がつっぱり、添えた手に熱が感じられる。
ため息をついてトイレを捜した。

鏡に顔を近づけてみると、頬が内出血して赤黒く腫れている。

『んもぅ、サイテー』

濡らしたハンカチで頬を冷やしながらチークを出し、赤味を悪目立ちさせぬよう、逆の頬を濃いめにはらった。
やつれたお多福みたいな顔になった。

鏡に映る自分と向かいあい、『あはは』と笑ってみる。
笑い声は収拾のつかない感情を鎮めることもできず、うす暗いトイレにむなしく響いた。

早苗の体のあちこちで、おさえようのない哀しみが泡を立てた。
胸のうちにただれたものがじとじとと下りてきて、やがてそれは一か所に集まり、早苗のまぶたを熱くした。

『あたし何やってんだろ……』

伏せたまつ毛に涙がからんだ。



 
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