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星と僕たちのあいだに
第5章 それぞれの枕辺
ホームへ出た早苗は、頬の赤味を隠すようにコートの襟を立て、携帯画面に圭司の電話番号を呼びだした。
¨白石圭司¨の文字を見ただけで強烈な飢餓感に襲われ、たまらずブラウスの胸元を握りしめた。
どうして私だけが、我慢しなきゃならないの。
我慢するいわれなんて、どこにもないじゃない。
圭司をずっと待ったのは私なんだ。
それを、麻衣が奪ったんだ……。
あたしは、圭ちゃんが、すごく好き――――。
思いのすべてを圭司にぶつけたい。
麻衣から奪い、渡瀬を失望させ、それでも、それでも、自分の想いをつらぬきたい。
アイコンにタッチすれば、
そうすれば、この気持ちを……。
ふるえる指先が携帯画面の上をさまよう。
仲間への想いがせめぎあい、いまいましい熱さがじりじりと胸を灼く。
渇いた喉に呻き声が爪をたてて這いのぼってくる。
奥歯を噛んだ。
こめかみが引きつる。
心の中で叫んだ。
――――(圭ちゃんが、困んのよ!)
瞬間、携帯を叩きつけようと振り上げた早苗の左手は、かろうじて頭の後ろでとどまった。
大きく息を吸って、深く長く体じゅうの息を吐きつくす。
力が抜け、前歯がカチカチと鳴った。
――――(人のもの、盗っちゃいけない……)
流れ出た溶岩が水脈に触れたように、感情のマグマは早苗の中でみじめに白煙をたてた。
相克(そうこく)の瀬戸際で早苗を思いとどまらせたのは、道ならぬ恋の苦すぎる記憶だった。
あぶくのような電子音が構内に響きわたる。
男性のよどみない声が次の列車の到着を告げると、人の気配がざわめいて、早苗は周囲に人がいたことを初めて気づいた。
見上げたホームの天井に今からでも飲めるバーを何軒か思い浮かべ、携帯電話の電源を切った。
ふぅっ、と短い息をつく。
レールのきしむ音が遠くに聞こえた。
墨汁で塗りつぶしたような暗闇の奥に、こちらに向かう地下鉄のライトが小さく見えた。
第五章 それぞれの枕辺