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星と僕たちのあいだに
第6章 猫
喧騒が消え、ひと気のなくなった深夜のオフィス街は、暗闇が不完全であるがゆえ酔って歩くのに心地いい。
華やかな歓楽街で仕上がった酔いどれが、もう一軒、もう一軒と、夢遊病者のようにフラフラと流れつく。
そんな一見客がときどきに迷いこんでくることがあるが、普段の「月ン中」はマスターの安助と、気の置けない常連客がたむろする小さなバーである。
二十年前、タレントとの駆けおち騒動で事務所とトラブルになり、音楽業界から追い出された経歴をもつオーナーマスターの安助は、有名ミュージシャンのバックをつとめたこともあるギターの名手で、機嫌が良ければ年代もののギブソンをつまびいて、カウンター越しに絶品のブルースを聴かせてくれる。
落ちついた店の雰囲気と安助の温厚な人がらにひかれ、専門学生だった圭司が通いはじめて十年になるが、出入りする客の顔ぶれはほとんど変わらない。
「月ン中」の軒先に圭司がワゴンをつけたのは、午前三時をまわったころだった。
分厚い扉を押しあけた圭司を、カウンターにひじをついた洋介が手のひらだけを振って迎えた。
その隣で早苗がつっぷしている。
長い髪が肩から背中へと波うっていた。
『よぅ、早かったな』
『悪いな、洋介』
『ああ、ホントにお前は悪いヤツだ』
洋介は含み笑いを見せ、まぁ座れ、と隣の椅子を引いた。
他に客はいない。
カウンターの中でタバコに火をつけた安助がカチンとジッポのふたを閉め、『おつかれさん』と圭司に微笑んだ。
二人とも早苗の相手に疲れた様子で、くたびれたように首を肩に預けていた。
『安さん、ごめんね。
連れて帰るよ』
『荒れてたなぁ。かわいそうに。
だからここへ来たんだろうけど』
安助は首をかたむけたまま長いあごひげを撫で、慈しみ深い目線を早苗に投じた。
ここへ来るまでに早苗はすでに仕上がっていたようで、ふらふらと店に入ってきたという。