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星と僕たちのあいだに
第7章 迷子
第七章 迷子
その年の桜前線は駆け足で北上した。
湾から吹く南風が冬の空気を山へと追いやり、日増しに春の色が濃くなってゆく。
日曜の朝、麻衣のベッドで寝返りをうった圭司は、腕を伸ばした先にいつもの肉感を得られず気落ちした。
枕に沁みついた甘い残り香を吸いこんで、ようやくまぶたをあげる。
小屋から出てきた圭司の、あらゆる方向に毛先を向けた寝ぐせを見て、リビングでトーストをかじっていた麻衣と渡瀬が喉の奥でクククと笑った。
『おはよ』
食パンとご飯茶碗を手にして麻衣が首をかしげている。
『おふぁ……よ』
圭司は食パンを指さして、お願いしますというふうに頭をさげた。
高窓から差しこむ陽光がリビングを白く照らし、家具の角に強く反射してきらきらとまぶしい。
にこりと笑う麻衣の頭髪にも天使の輪が輝いていた。
『いい天気ですなァ』
圭司は後頭部をガシガシ掻きながら、ガラス越しの陽射しに目を細めた。
『うん、今日はあったかいよ。
桜が見ごろだろ。
バーベキューにでも行こうか』
渡瀬が言うと、麻衣がくりくりと目を見開いて、うんうんとうなずいた。
麻衣だけが持っている独特の稚気を含んだ、あどけないといっていい表情にメロメロとほだされて、圭司はレンズメーカーの展示会へ行く予定をあっさりとひるがえすことにした。
『天気いいしな。
行くか。
早苗は? まだ寝てる?』
渡瀬が早苗の携帯電話を鳴らし、気まぐれに決まったイベントを伝えた。