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星と僕たちのあいだに
第7章 迷子
『うん、みんなこっち向いてる。
愛想がいいんだな』
『ほんと、言われてみれば、
こっち見てるわね』
『今年も咲いてやったぞ、
よく来たなって感じ』
そう言って桜に手をふる渡瀬を、となりの花見客が楽しげな表情で盗み見て、くすっと笑った。
『毎年、毎年、
春に一回、必ず咲くのよ。
今年は咲かない、
なんてないものね。
¨必ず¨の安心感は、
何ものにも代えがたいわ』
早苗がまじめな顔で言い、何か意見を求めるみたいに麻衣へ視線を向けると、ビールで頬を赤くした麻衣が、
『そうですね、桜が咲くと安心します。
いつまでも変わらないって、
できそうで出来ないですもん』
と、ゆったりとした笑顔で応じた。
それを聞いて、圭司はすこし違うと思った。
また残酷な皮肉であるとも思った。
変わらないものはない。
それは圭司の信条でもあった。
桜の幹は年輪をかさねて少しずつ太っていくし、それを取りまく環境も変わる。
それでも毎年おなじように花を見せられるのは、変化への対応がなされているからだ。
ごくわずかな変化であれ、それに対応できなければ生き物は存在できなくなる。
つまり、変わっていくことで、変わらず存在できる。
そう思ったが、圭司は口にしなかった。
なんだか説教くさくなるし、そういったニュアンスで使う「変化」という言葉を、繊細な麻衣がネガティブに受けとめるかもしれないと思ったからだった。
麻衣の情動の振り子は正にも負にも振れ幅が大きく、ときに激しく振れれば自分でコントロールできなくなる。
そうでなくても、二人きりになりたがったり、それが叶わないとむくれて返事にかわいいトゲを含ませたり、ささいなことで長くしょげこんだりすることがある。
かまってやることで麻衣は精神の安定を取り戻すが、彼女が心を乱す原因のひとつに、不妊の劣等感があるのではないかと圭司は察していた。
変化という言葉に麻衣は何を連想するだろう。
「変化」によってのみ新しく得ることのできる愛情の形態を、麻衣が手にすることはない。
麻衣は、母にはなれない。
―――――(考え過ぎかもな……)
変化という言葉にネガティブな連想をしているのは自分のほうだと、圭司は心の中で苦笑した。