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星と僕たちのあいだに
第7章 迷子
幼い子供を抱いた麻衣が、夕陽をあびてに黄金色に染まる。
その姿は素朴な郷愁をはらんでいて、神々しさに満ちていた。
自分は神様から嫌われて意地悪をされているのだと、麻衣は不妊をなげいたことがあった。
たしかに、神は麻衣を嫌ったのかもしれない。けれども子供は彼女を嫌ってはいない。
現にあの子はしっかりと麻衣にしがみついている。
圭司は、夕陽に輝く芝生広場という舞台を観客席からながめるような気持ちになった。
そして黄金色の舞台をゆく麻衣をながめるうちに、そうか、と気づいた。
この気持ちは自分だけではない。麻衣本人の願いなのだ、と。
子と母という関係性において絶望しかなかった麻衣は、決して立つことのできない舞台を、母という役柄を、これまでも羨望(せんぼう)の思いで見つめていたのだ。
母になれない彼女は、何度ため息をついたことだろう。
女性のもっとも根源的な部分の欠落に対して、麻衣が感じた絶望はいったいどれほどのものだったであろう。
自分はわかったつもりでいたが、それは海岸に立って海の大きさを計るようなものだった。
水平線の向こうにあるものは、何も見えていなかった。
子を授かる幸福感は、子を授かることでしか得られない。
授かるか、授からないか。
在るか、無いか。
できることか、できないことか。
この相対性によって生じる不幸と幸福に対して、何人たりとも解決策を見いだすことはできない。
麻衣が抱えるどうしようもない苦悩。
子を授からない女として生きていくうえで、麻衣が対峙(たいじ)せねばならない現実での辛苦は、なにかと引きかえに癒されるものではないと理解すべきだった。