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星と僕たちのあいだに
第7章 迷子
春の長いたそがれどきを過ぎて、夕陽の裾を紫紺の幕が侵食し終えると、東の空に浮かんだ黄色い月が輝きを増した。
ふたりは手をつないで、駐車場までの長い遊歩道をゆっくりと歩いた。
急ぐ必要のない安閑(あんかん)とした時間にたゆたい、圭司と麻衣は、ゆらりゆらりとつないだ手をふった。
足元を見ながら歩く麻衣は、縁取りのはっきりした良質なものが、心の中から豊潤にあふれ出るのを感じていた。
はしゃぎたくなる気持ちを抑えようと、顔を二、三度左右に動かして真顔をつくってみたが、うれしさの波はつぎつぎに打ち寄せて、うつむく麻衣の顔に笑みを浮かばせた。
隠さなくてもいい微笑みなのだけれども、やはり、プロポーズされるのはうれしくて、照れくさい。
――――(だって、結婚してくれないか、だもの……)
そう言ったときの、圭司の凛とした顔つきを心に再生させながら、麻衣はこらえ切れず、うつむいたまま『ふふっ』と声にして笑った。
『ん? 笑った?』
圭司は自分の左肩のあたりで、ときおり小刻みに首をふる麻衣へ視線を落とした。
『……うれしかったもん』
しみじみと言って、麻衣はチラッと圭司を見上げた。
目が合って、すぐにうつむき、鼻の下を伸ばして唇を内側に巻きこんだ。
『指輪とか、要るんだろうな。普通』
『うん。欲しい。でも要らない』
『なんだそれ』
『わかんない』
麻衣はそう言って、また、ふふふと笑った。
『今度、リングつくりに行こう。
専門学校時代の仲間に彫金師がいるんだ』
『うん、行こう、行こう』
うつむいた顔をあげて、麻衣は夜空に目をやった。
新芽の薫りを含んだ春の夜風がボブをふくらませる。