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星と僕たちのあいだに
第7章 迷子
半年前に南アルプスで圭司とながめた星空が、麻衣の胸にありありとよみがえり、頭上の黄色いお月さまと二重になった。
あの日、星に手を伸ばしたときにぼんやりと感じた幸運は、匂いも形もない夢物語で終わることなく、今日まで自分たちが育てた愛に、今夜ひとつの指向を示してくれた。
だが、よろこびの源泉は求婚の事実そのものではない。
心にはいつも、愛する男に愛想をつかされる自分がおぼろげにたたずんでいた。
圭司が自分を選ばなかったとしても至極当然で、彼が他者からなんら非難を受けることはない。
自分より美しく、健康で、けがれのない女性はいくらでもいるのだから、自分は選ばれなくて当たり前の女なのだと、冷え冷えと微笑むことができるほど自分自身をさげすんでいた。
けれども、圭司は私を選んだ。
ロマンスの熱や欲をこえて、私の女性としての機能的な欠損を知り、そのうえで彼は、¨篠原麻衣という人間¨の手をとった。
それが何よりもうれしい。
『私ね、すごくうれしいの。
でも、多分、世の中の
他の女の子がプロポーズされるのとは、
少し違ううれしさだと思うの』
『へぇ、どう違うんだい?』
圭司は、麻衣が何を言おうとしているのか察しはついたが、あえて麻衣に水を向けた。
愚痴でも、嘆きでも、ざれごとでも、今夜はゆっくり聴いてやろうと思った。
夜気にあたりながら、ゆるりゆるりと歩を進める自分たちの足取りが心地よくて、いつまでも麻衣と手をつないで桜のトンネルを歩いていたいからだった。
遊歩道の両脇から伸びる桜の枝が、黄色い月を見え隠れさせた。
茂みの奥のベンチにカップルが肩をよせあっていて、圭司らの足音に気づいて居ずまいをただしたのか、男性の咳ばらいのあと、女性の小さな笑い声が聞こえた。
麻衣は笑い声のする茂みに目をやってから、なにか始まりそうね、と言いたげに、いたずらっぽい笑みを圭司に見せた。
圭司も暗がりの茂みに視線をやり、ニヤッと笑った。