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星と僕たちのあいだに
第8章 セレンディピティー
『なんだよ、笑うなよ』
『いや、すまん。
でも、可笑しいんだよ』
三十路を前にして好きな女にフラれるのが怖いと口をゆがめる男を、圭司は、いかにも純粋で愛らしいヤツだと思った。
そうだ、渡瀬は純粋な男なのだ。
渡瀬の純粋さは美点であり、誰にも負けない人間味だ。
それを見出せない女のほうがどうかしている。
『浩ちゃんには、
かけがえのない人徳があるよ。
早苗に見る目がないんだな』
『早苗を悪く言うなよ。
俺達だって、
ちゃんと早苗を見てやれなかったんだから』
『まぁ、そうだな』
圭司の脳裏に、白い息を吐くあの日の早苗が浮かんだ。
赤黒く頬を変色させて街路灯を見あげる姿が鮮明によみがえり、圭司は軽く顔を振って頭の中から早苗を追い払った。
『でも、俺と早苗がそんなじゃ、
やっぱり新婚生活の邪魔になっちゃうよな』
『そんなのは気にしなくていい。
結婚したからって
何か大きく変わるわけじゃない』
『圭ちゃんはそうだろうけど、
麻衣ちゃんがかわいそうだよ』
渡瀬は難しい顔つきでテーブルに視線を落とし、すこし考えて言った。
『うん、俺、倉庫出てくわ』
キッパリとした言い方に圭司は慌てた。
『バカ。違うよ、そういうことじゃない。
誰も出てくことなんかないんだよ。
四人一緒でいいんだ。
麻衣もそんなこと思っちゃいないよ。
そんなことより、早苗をちゃんと
捕まえてやれってことが言いたいんだよ』
渡瀬はうつむいた。
『できるんなら、そうしてるよ。
実は俺、ちょっとあきらめかけてんだ』
力なくそう言って顔をあげ、眉根を寄せたり本来の穏やかな顔つきに戻したりしながら、渡瀬は首を振った。
『あのさ、女の本心ってのはな……』
圭司は、麻衣の進言を話して聞かせようとしたが、語気は途中から弱まり、顔をしかめてそのまま黙った。
待つのもやめるのも渡瀬が自由に決めることで、自分が口を出すことではない、という思いが圭司の口を閉ざしたのだった。