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星と僕たちのあいだに
第2章 優しい場所
第二章 優しい場所
引っ越しの段取りが固まって、遅ればせながらそれぞれに自己紹介をした。
麻衣が皆よりも三つ年下だとわかると、他の三人は麻衣ちゃんと呼ぶようになった。
翌日の引っ越しに備えて、馴染みのバーへ行くのはとりやめにし、四人で一台のタクシーに乗りこんだ。
港のねぐらへと向かうタクシーは、にぎやかな街のあかりから遠ざかっていき、喧騒のうせたビジネス街を抜けていく。
麻衣の知らない町の景色をいくつも通りすぎると、いつしか道幅の広い、そのわりに交通量の少ない道路を走っていた。
赤く塗られた大きな橋が見え、あの橋を渡れば埋立地なんだよ、と圭司が言った。
鉄骨でできた橋の上からは、真っ暗な海と、恐竜の骨組みのようなガントリークレーンが埠頭の灯りに浮かんで見えた。
港湾地区へ入ると、あからさまに道路灯の数が減ってゆき、その分ひとつひとつの灯りが救いのように頼もしく、明るく感じられる。
普段どこを走っているんだろうと思うくらいの巨大なトレーラーと何度かすれ違い、タクシーの運転手は、こんなところに家があるのかと、いぶかしがった。
あるんですよ、と三人は笑ったが、麻衣は運転手と同じ心持ちだった。
どこまで続くのかしれない真っ直ぐな道を当分のあいだ走り、久しぶりにあらわれた点滅信号を通過した。
まったく人気のない丁字路を海とは逆方向に折れると、広い道路の両側に、財閥系企業のマークをかかげた巨大な建物が延々と並んでいて、オレンジ色の街灯にぼんやりとにじんでいた。
『あ、そこです。
そこで停めてください』
倉庫街のはずれの、一見して古いとわかるレンガ造りの建物の前で、渡瀬が運転手に声をかけた。
―――(え? ここ……?)
麻衣は不安をつのらせた。
間口の大きな、古めかしい、薄気味の悪い建物である。
幅の広いシャッターを正面に構えたレンガ積みの壁には、丸の中に「西」の文字が、しょうゆ瓶のラベルに見るような毛筆タッチで大きく書かれてあり、そのかすれ具合が建物の歴史を感じさせる。