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星と僕たちのあいだに
第2章 優しい場所
タクシーをおりて大きな伸びをした圭司が、思い出したように車内の麻衣へ手をさしのべた。
『そこ、水たまりあるから』
圭司の手をつかんで足元の水たまりを飛び越えると、外は細かい霧のような雨の粒子が風に舞っていた。
白く煙る圭司の呼気をみあげ、優しい男だな、と麻衣は思った。
湿りけを帯びた空気がオレンジ色の街灯にぼぅっと丸い輪をかけている。
海の匂いというより、古い道具箱を開けたような金気臭(かなけくさ)さを感じた。
大きな車の走る音が遠くに聞こえたが、その音は長く続かず、夜空をわたる風に混ざって消えていった。
圭司は、麻衣をつれて建物の脇へまわり、分厚い壁にうずまるように取り付いた、背の低い鉄扉(てっぴ)に鍵を挿(さ)した。
鉄扉を押すと重い扉をささえる蝶つがいが、ギィィ、ときしみ、その音が建物の中からこだまを返してきた。
『どうぞ、はいって』
先に入った圭司がしたように、麻衣も頭をかがめて中へ入る。
およそ手の届かない場所に並んだ高窓が、暗闇を切りとって街灯の色を映すだけで、とらえどころのない足元の闇が麻衣を不安にした。
暗がりに消えた圭司の足音が響く。
遠くから聞こえてくる反響音には、ジャリッと砂を噛んだような音が混じっている。
相当大きな空間なのだろうと、麻衣は暗闇のなかで想像した。
カチンカチンとスイッチを上げる音がした。
闇を吸いこむように照明がともり、建物の全容がさらされた。
麻衣は息をのんだ。
眼前にあらわれた巨大な空間は、天井にさえぎられず屋根裏まで高く吹き抜けていた。
古ぼけたレンガ造りの壁は高さが十メートル近くあり、照明で明るくなった建物の中に、さっき暗がりに見えた窓が一段と高い位置にあるのが判った。
港の古い倉庫だとあらかじめ聞かされて、潮風に朽ちた海辺の番屋のようなたたずまいをイメージしていた麻衣は、目の前に現れた光景にただただ驚いた。