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星と僕たちのあいだに
第8章 セレンディピティー
 
笑いながら圭司は、もうこれ以上、渡瀬の気持ちに波風をたててはいけないと思った。
麻衣の言う女の本心もそうなのだろうが、男にだって、おいそれといかない面倒でデリケートで、あつかいの難しい胸の内がある。
キャーと悲鳴をあげたり、しくしく泣くこともできる女と、男は違う。
本当はのたうち回るほど苦しいはずだろうに、渡瀬は男らしく、現実を黙って受け入れようとしているのだ。

忙しくなった仕事をぎりぎりの言いわけとし、渡瀬はどうにかして自分の引き際を見定めようとしている。
そこにはきっと、早苗への深い深い愛情と、早苗を慮(おもんぱか)る良心がはたらいているのに違いない。
渡瀬という男は、自分などよりはるかに、女性に対して敬虔(けいけん)だ。
不器用で純粋。何が悪い。
それでいいじゃないか。

何かに納得を得たようにうなずくと、圭司は店員にグラスを振って焼酎のお代わりを註文した。

遅くなりましたと店員がテーブルに置いたホッケは、さっき急かしたことを申し訳ないと思うぐらいの分厚い身が盛り上がっていて、尾びれが皿からはみ出すほど立派な大きさだった。
渡瀬は、これが食べたかったんだよと笑顔を作り、圭司に半分食えと言ってテーブルの真ん中に据えた。

『これは焼くのに時間かかるよ。
 急がせて悪かったなぁ』

どれどれ、と圭司が箸を入れると、むっちりとした身がほくほくと崩れ、白い湯気と一緒に独特の香りがふわっと立ちのぼった。
おお、と二人で声をそろえ、低くうなる。

渡瀬は、特別な権利を譲ってやるというふうに、食べてみろと圭司にすすめた。
熱くて柔らかいぶりぶりとした白い身が、圭司の口のなかで甘い脂をジュゥと出した。

『うンまっ!』

『幸せ感じるだろ。
 俺はここにくると必ず註文するんだ』

渡瀬はうれしそうに言うと、頭をつまんで骨を外し、自分の側にある身をついばんだ。


 
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