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星と僕たちのあいだに
第8章 セレンディピティー
『とにかく圭ちゃんは、おめでとうだな。
式とかどうするんだ?
圭ちゃんの結婚式だから、
列席者の人数、すごいことになるぞ』
『え? あ、式か。
そういや考えてなかった』
『なんだ? 話しあってないのか?』
ホッケの身を口へ運びかけて、ぽかんと口をあけたまま圭司はうなずいた。
『カネかかることだから、
きっと麻衣ちゃん、気を使ってるんだよ。
でもカネはどうにでもなる。
足りない分は俺だって融通するしさ。
な、派手にやろうよ。な』
『なんで浩ちゃんがそんなに息巻くんだよ』
『そりゃそうなるさ。
親友と俺の妹分が一緒になるんだから。
ああ、めでたい。思い切り盛り上がろ。な』
渡瀬はうれしそうに目を輝かせ、仲間の名前を読みあげながら指を折りたたんでいく。
そんな渡瀬を見ながら圭司は考えていた。
麻衣はそういう浮かれたことを一切口にしない。
リングさえ要らないと言った。
それは、麻衣が持って生まれた賢さと慎み深さとは別の、期待を抱くことで生じる「失望への不安」が、軽々しい発言を自制させているからだろうと圭司は思った。
好事にひそむ¨魔¨というものを麻衣は知っている。
物事がうまく進んでいる時ほど、意外なところに落とし穴があるものだ。
それは積みあげたものを粉々に砕く力を持っている。
おそらく麻衣は、心うれしいことに戒(いまし)めをおぼえるのだろう。
はしゃぐことなくすべての動静をきちんと見極め、来たるべき慶びの日の訪れを粛々と待つつもりなのだ。
一年前、麻衣は幸福をつかみ損ねた。
花嫁になるはずだった彼女を待ちうけていたのは、ライスシャワーや一斉に飛立つ白鳩の羽音ではなく、深い失望であった。
そして失望が呼びこむ無力感を嫌というほど味わった。
圭司の心の中に、ある景色が構図となって飛びこんできた。
にわかに眺望のひらけた草原で、陽の当たる小高い丘を麻衣が見つめている。
丘を見つめる麻衣だけが雨に打たれていた。
しおれたブーケを胸に抱き、憧れとあきらめの入り混じった表情で、ずぶぬれになる花嫁姿の麻衣が涙ぐんでいた。
車道に立ち尽くしていた、あの雨の日のように。
圭司はたまらず、イメージの中へ駆け出して麻衣を抱きしめた。