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星と僕たちのあいだに
第8章 セレンディピティー
『式なんて形だよ。
大事なのは、そこからあとの俺達の姿なんだ。
麻衣も派手なことは望んでない気がするけどな』
『なに言ってんだよ圭ちゃん。
女の子にとって披露宴は晴れ舞台だぜ。
麻衣ちゃんのためにやってあげなきゃ。
それに圭ちゃんの祝い事なんだ。
百や二百のカネ、簡単に集まるよ。
カネのことは心配するなって』
段取りはすべて俺にまかせろといって、渡瀬は親指を立てた。
それから二人はホッケをおかずにおにぎりを食べ、満腹になったところで渡瀬がパシッとヒザを叩いた。
『さ、もうひとふん張りだ』
『今日も帰らないのか?』
『うん。
今晩中に片付けとかないと
明日の予定もたたないんだよ。
仕事増やしたはいいけど遊ぶ間も無い。
何のための仕事かって思うよ』
勘定書きをつかんで立ち上がる渡瀬を見上げ、圭司は、「たいした男だな」と心の中でつぶやいた。
半年前から渡瀬は、クライアントを選ばず仕事を請けるようになり、意図的に仕事量を増やした。
それは早苗を獲得せんとする渡瀬なりのケジメのようなものであったが、仕事量を増やすと決めて、実際に増やすことができるフリーランスが世の中にどれほど存在するだろうか。
イラストレーターとしての才能とセンスはもちろん、相手先を困らせない納期意識の高さ、安いギャラであっても文句ひとつ言わない実直な仕事ぶり、何よりもその柔和な人柄があってこそ、渡瀬はもくろんで仕事を増やせたのだ。
そうして依頼主の理不尽な要望にもすべてこたえ、信頼できる便利なイラストレーターとして評判を上げたが、第一義であった早苗をあきらめることになるのである。
いや、もしかするとあきらめるというよりは、心の重心が仕事寄りに動いたことで、早苗への気持ちをうまく切り離せたのかもしれない。