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星と僕たちのあいだに
第8章 セレンディピティー
早苗の愛情に応えてやれなかったこと、愚かしくも早苗を思い浮かべて自慰にふけったことへの挫折感が、運転席の圭司をふがいなくうつむかせる。
ブーツのつま先を見つめながら、圭司は早苗を想った。
無性に出張中の早苗に逢いたくなってくる。
性欲を伴わず、きわめて自然にそんな気持ちが隆起したのは初めてだった。
携帯電話に早苗の番号を表示して、しばらく考えた。
性欲によって自分勝手に作ってしまった早苗との垣根を、もっと早くに取り払うことができたなら、物事は違う意味を持ち、現在と未来を書き換えていたのかもしれない。
だが皮肉にも、早苗への愛情を気づかせたのは、他ならぬ麻衣なのだ。
麻衣との出会いがなければ、肉欲を越えた早苗への愛情は結実していなかった。
早苗とのあいだにあるものを恋といえるのかと問われれば、その答えは不明瞭なものになる。
それなのに、後悔のようなものと自己嫌悪とがないまぜに残り、それがなぜか、やけに執拗につのってくる。
それこそ、恋をしているかのように。
どっちを選択するなどという考えはない。
早苗の好意を感じるからといって結婚をやめるわけではないのだから、さらりと単純に報告すればいい。
簡単なことだ。麻衣を愛しているのだから、それでいい。
ただ、今の早苗に他人の言葉を受け入れる余裕があるのだろうか。
早苗の心の入れ物がいっぱいで、それ以上なにも入らないのなら、早苗はまた自分の心と戦わなければならないだろう。
他人の言葉を受け入れる余裕もなく、早苗にとって聞きたくもないことを聞かせるのはあまりに残酷だ。
せめて心の中にあるものを出してやり、早苗に心の余裕をこしらえてやることが必要なのではないか。
それにはまず、早苗の言いたいことを聞いてやらなければいけないのではないか。
酔いつぶれた早苗を迎えに行った夜、確かに自分は、早苗の心に寄り添うことができたと思う。
だがそれは黙約となり、結果的に早苗の言い分は抑えこまれた形になった。
あのとき早苗は、心情を吐露せず小屋に帰ったのだ。
自分はそれを追いきれなかった。