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星と僕たちのあいだに
第8章 セレンディピティー
――――(結局俺はあのとき、早苗を黙らせたんだな)
厚ぼったく量感を増していく雨雲が空を灰色に埋めてゆく。
圭司は、今にも泣き出しそうな曇り空をウィンドー越しにぼんやりと眺め、もはや自分は、自分以外の人間の幸不幸に関わっているのかもしれない、と思った。
『ヘンッ、うぬぼれてんじゃねぇよ』
吐きすてるようにつぶやいて、携帯画面を見つめる。
¨並木早苗 090-××××-×××ר
通話アイコンに指先を落とそうとして、ためらった。
自分の本心から大きく離れた言葉が、喉の奥に並んでいるような気がしたからだった。
舌打ちして、メールを綴った。
《お疲れさん。
明日、熱海を過ぎたら連絡しろ。
駅まで迎えに行くから。》
送信して空をのぞきこむと、ぽつりぽつりと雨がウィンドーを叩きはじめた。
『あぁ、降ってきやがった』
誰に言うともなく、一人きりの車内で声に出したのは、むくりと頭をもたげた早苗への恋慕を振り払うためだった。
ワゴンのエンジンをかけ、シートベルトに手を伸ばしたとき、けたたましく携帯電話が鳴った。
さっそく早苗から返事がきたと嬉しくなったが、画面を見ると相手は渡瀬の事務所のアシスタント、エリからだった。
圭司は少し気落ちして電話に出た。
『もしもし……』
応答するやいなや、エリは息せき切って何か言った。
『え? なんだって? エリちゃん落ちつけよ』
そう言いながら、圭司は、首筋から背中へ血の気がひいていくのがわかった。
エリが言い直す前に、最初に言ったエリの言葉が少し遅れて理解できたからである。
『事務所の前の信号で、先生が、トラックにひかれて……』
それよりあとの言葉は圭司の耳に入ってこなかった。ただ呆然とエリの声を聞いていた。
エリのいう先生とは、渡瀬のことである。
『圭司さん! 聞いてます!?』
『聞こえてるよ。ごめん。
い、生きてるんだろ?』
自分が訊いたことの意味を恐ろしく感じて、言ったあと呼吸を乱した。
『意識がなくて、今さっき救急車で……』
エリは泣きながら、渡瀬が運ばれた病院を告げると電話を切った。
圭司は助手席へ携帯を放り、フロアにつくまでアクセルを踏みこんだ。
錆びたマフラーから真黒な煙を噴きあがり、空転したタイヤが悲鳴のような音をたてた。