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星と僕たちのあいだに
第8章 セレンディピティー
薄暗いロビーの奥にある自販機に気づき、エリに何か買っていってやろうと立ち上がった。
ポケットの中に小銭をさぐりながら自販機に近づいていくと、ICUと別棟になっている病棟側の通路から、渡瀬を担当した医師が歩いてくるのが見えた。
圭司に気づいた医師は、軽く会釈してポケットから小銭をつかみ出すと、いぶかしげに首をひねった。
医師の広げた手のひらに数枚の銅貨が見えたが、どうやらいくらか足りないようだった。
圭司は、小銭を握っていた手のひらを広げて見せた。
『どうぞ』
医師はひょうきんな表情をつくってから、『すまんね』と言い、圭司の手から十円玉を二枚とってミネラルウォーターのボタンを押した。
暖かいミルクティを二本買ってその場を離れようとした圭司を、医師が呼び止めた。
『家族に連絡してあげたかい?』
『ええ、しました』
医師は気だるそうに肩をまわした。
『患者と十年同居してるって言ってたね?
それはあれかい、その……』
『ゲイじゃないですよ』
医師の質問にかぶせて、圭司は静かに返事した。
医師は苦笑して、自分の失言を忘れてくれというように手首を振り、『来なさい』と言うと、振り向いて病棟の通路を歩いていった。
圭司が通された医局は雑然としていて、古びたデスクの上に半分ふたが開いたカップラーメンが貧弱な湯気をのぼらせていた。
医師はゆがんだ抽斗(ひきだし)をガタガタとこじ開け、ペントレーに散らばった硬貨を二枚つまんで圭司に返した。
『ありがとう、助かったよ。
ま、かけろよ』
差し出された椅子に圭司が腰をおろすと、椅子は圭司の尻の下でギィギィといやな音を鳴らした。
『キミの友人、彼は酒好きだよな?』
『ええ、そうですね』
『酒は二度と口にできなくなる……
可能性がある』
圭司は黙ってうつむいた。
二度と、とは、どちらの意味だろうかと考えた。