この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
星と僕たちのあいだに
第8章 セレンディピティー
医師はあご引き、上目に圭司の反応をしばらくみていたが、背もたれに体をあずけた。
『付き添いの女性が昼間の飲酒はないと言ってる。
なのに血中のアルコール濃度が高いのは、
彼の肝臓が仕事してなかったってことだ。
働きが悪いって事だな。
肝臓からは脂をばらばらにする液が出るんだが、
その液が詰まっちまった。
今、管を入れてそいつを開放したが、
問題は、詰まった原因だ。
すぐぞばの別の臓器が腫れあがって、
そいつが道をふさいでんだ』
圭司は小さくうなずいた。医師の診たては麻衣の言うとおりだった。
『彼の臓器は大やけどして悲鳴をあげてる。
体の中で戦争が始まったと言っていい。
詳しい検査が必要だが、
嫌なマーカーが出ててね。
ま、熱が下がるまでがヤマだな』
『なんでそんなことになるんですか?』
『遺伝、ストレス、食い物。
今の時代に生きてりゃ、
原因なんていくらでもある』
医師は、慎重にカップラーメンのふたをはがし、割り箸を裂いて勢いよく麺をすすった。
『個人情報なんでしょ。
だめなんじゃないんですか?』
皮肉を込めて圭司が言うと、医師は頬張った麺を咀嚼(そしゃく)しながら、野暮なことを訊くなというように眉間にしわを寄せて、
『ひとりごとだよ』
と言い、ズズズッとスープをすすりこんだ。
行儀の悪さに今度は圭司が苦笑した。
これまで沈痛な表情しか見せなかった圭司が素直にみせた笑顔は、それが弱々しい分かえって医師の同情を誘うものになった。
医師は、記憶をたどるように斜め上を見やり、
『十年も同じ人間と一緒に住んでりゃ、
いろいろあったんだろうな』
と、しみじみとした口調で言い、箸さきで麺をもてあそびながら、死の淵にいる患者と目の前の憔悴した若者とが、これまでに過ごしてきた時間を想った。