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星と僕たちのあいだに
第8章 セレンディピティー
医師は続けた。
『さっき運ばれてきた患者さん、自殺未遂だ。
ここの常連でね。男にフラれるたび、
睡眠薬がぶ飲みして意識不明で運ばれてくる。
またこの人か、なんて看護師は言う。
睡眠薬のオーバードーズなんて
なかなか死ねないんだ。
薬が効いてよく眠ってるだけでね。
多分本人もそれがわかってて、やってる。
昏睡の直前で誰かに電話して発見させるんだよ。
死んでやる! って、
相手の男に当てつけたいんだろうな。
大量服用の処置ってつらいもんでね。
体内に残った睡眠薬を吐かせるのに、
水道ホースぐらいのチューブを
患者の口から胃まで突っ込んで水洗いするんだ。
もちろん麻酔なしでね。
処置の途中で目覚めたら、これ地獄の苦しみ。
彼女、今回は軽症でね。
意識は少しあったんだけど、
いつものメニュー通りにやってやった。
まごころをこめてね。
もがき苦しんでたな。
かわいそうだけど、ちょっと懲らしめたんだよ。
命をおもちゃにするなってね。
ああいう自殺ごっこする子は、
死にたいんじゃないんだ。
孤独の表明なんだよ。
ようするに、さみしい。
彼女は運ばれてくるときも、
ここを出てくときも、いつもひとりだ。
目覚めたとき親兄弟が泣いて喜ぶ姿を見れば、
あの子も、
自殺ごっこから足を洗えるかもしれないな』
そう言って、冷ました麺を一気にすすりあげる医師の頬が丸くふくらんだ。
その口もとあたりに視線をさまよわせ、圭司は抗言した。
『渡瀬は自殺じゃありませんよ。
仕事だってバリバリやってた』
医師は、ぐびぐびと水を飲んで唇の端をふいた。
『自分の体をかえりみないで、
ぶっ倒れるまで仕事するなんてのは、
自殺とそう変わらないよ。
ヤク中と同じさ。
これ以上はダメだってわかってても
その行為を止めない慢性自殺みたいなもんだよ。
ああなるまでには、いくつか症状があったはずだ。
相当つらかったんじゃないかな』
渡瀬を思いやるような医師の口調が、圭司をうつむかせた。