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星と僕たちのあいだに
第8章 セレンディピティー
医師はスープを飲み干すと、静かに柔らかい笑みをたたえ、圭司に体を向けた。
『ここにはいろんな人が来る。
自殺や交通事故、ケンカ、酔っ払いまで。
大人だったり子供だったりいろいろな。
医者はそれを処置して帰す。
役目だからな。
でもさ、ここに来る人たちにも、
それぞれ果たす役目がみんなあるんだよ。
俺が役目を果たしたんだから、
その人たちにも果たしてもらわなきゃな。
役割のない人間なんてこの世にいない。
彼にまだ役目があるんなら、生還するよ。
それが長年やってきた俺の持論だ。
科学的な根拠は一切ないが、
人間は、科学的ではないからね』
そう言うと医師は、圭司の手元に向けてアゴをしゃくり、ミルクティを寄こせというしぐさを見せ、『冷めたのは俺のせいだ』と抽斗(ひきだし)の中の小銭をつかんで圭司に握らせた。
黙礼して圭司が席を立とうとしたとき、突然、ブザーが医局に鳴り響き、医師の表情に硬さが戻った。
急患の受け入れ要請が入ったことを知らせる壁のランプが点滅していて、医師はかたわらのインターホンに手をかけるや、圭司にはわからない医療用語をわめき立て、乱暴に受話器を戻すと圭司の肩をポンと叩いて出て行った。
圭司は、ロビーへと続く廊下を歩きながら、無作法な男ではあるけれども、あの医師のおかげで、心に幾ばくかの余裕ができたように感じた。
何人もの死の瀬戸際に立ち会ってきたであろう医師の言葉には、経験からくる説得力とおだやかな諦観(ていかん)があり、特に、あきらめというものの受け入れ方を教えられたような気がしたのである。