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星と僕たちのあいだに
第9章 涙のゆくえ
滝沢が敷いた小ぶりのレジャーシートの上に、ひざを崩した麻衣が座った。
潤いをたたえた芝生のところどころには、見知らぬ小さな花がいくつも顔を出していて、一面の緑になごやかな色むらを浮かばせている。
シートの端に片ひざをついた滝沢は、小さなプラカップに水筒の茶を注いで麻衣に差し出し、『いい天気ですねぇ』と海側の空に視線を投じた。
ごく自然に麻衣も同じ方向を見やり『ほんとに』とつぶやいて直樹の髪をなで、ふいに湧いた静かな喜びをかみしめた。
空を眺めていた滝沢が『あそこに住んでいます』と、港を挟んで山手に見える背の高いマンションを指差した。
今日は直樹が保育所に行くのを嫌がるので休ませた、甘えんぼで困っています、と頭をかいた。
自分は素材メーカーに勤務するサラリーマンで、現在開発中のナノカーボン技術の実用化に向け、海外の技術提携先と自社開発部をつなぐ部署にいるんです、と茶をすすりながら自己紹介した。
『なんだか、難しそうなお仕事ですね』
耳慣れない言葉に、麻衣がもっともらしい真顔で首をかしげると、滝沢は、
『はい、実は自分もよく解りません』
と言い、二人で笑った。
元々は研究職を志して入社したが、あることが原因でラボから外れ、畑違いの営業部に移った。
そこでも思うような実績を残せず現在の部署に配置転換されたという、どちらかといえば不名誉な経歴を滝沢はさらりと話した。
麻衣に手紙を送るまでの経緯や、そのときの管理事務所の無愛想な対応を話す滝沢は、終始にこやかで大げさな身振りもなく、飾りたてることのない話しぶりやその内容が麻衣には好ましく思えた。
昨年末、いわくつきで今の病院に勤めはじめた麻衣には、当然のように興味と偏見のまなざしが注がれた。
覚悟を決めての転職だったが、愛想笑いと傾斜のついた人間関係に時には疲れてしまうこともある。
職場のシニカルな人間関係に苦慮する中で、滝沢父子の人見知りしない接し方は、その新鮮味と気風のよさで麻衣を心嬉しくさせていた。
それは、胸に抱いた直樹の存在が、初対面でも見知らぬわけでもない、本来計りにくいはずの滝沢との距離感をかがりやすいものにしているからに他ならない。