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星と僕たちのあいだに
第9章 涙のゆくえ
首輪を外されたミニチュアダックスの子犬が、モンシロチョウを追って芝の上を転げまわるのを見て、それに興味をもった直樹が子犬のそばへ行きたがった。
麻衣が靴をはかせてやると、直樹は一緒に行こうと麻衣の手を引いた。
『小さいワンちゃんだし大丈夫よ。
それいけ!』
麻衣に尻をポンと叩かれた直樹は、何度か振りむきながらも、一進一退を繰り返すようにして恐る恐る子犬に近づいていった。
『あいつ、篠原さんに
イイとこ見せようとしてるんですよ』
こんなことは珍しい、と滝沢は嬉しそうに笑みを浮かべた。
子犬から少し離れたところで、直樹は、はたと立ち止まった。
直樹に気づいた子犬が急に動くのをやめ、直樹をじっと見つめたからである。
自分から近づいたものの、どうやら直樹はひるんでしまったようだった。
麻衣は滝沢と成り行きを見守った。
子犬が一歩近寄ると、直樹が一歩下がる。
子犬は周囲を見まわして垂らしていた舌をしまい込み、直樹をじっと見つめ、また一歩近づく。直樹が下がる。
そうするうちに子犬は一気に駆け寄り、直樹の足元に絡みついてスニーカーを甘がみしたり、低く構えて直樹をあおったりしながら、ちぎれんばかりに尻尾を振り、友好的な振舞いを見せていた。
だが、直樹は首をすくめ、硬直したまま立っていた。
じゃれつく子犬が自分に飽きるまでじっと我慢しているのである。
『あらら』と腰を上げた麻衣に、滝沢は『もう少し見てましょう』と、いっそう笑顔を深くした。
子犬は、少し離れては首をかしげ、直樹が追ってくるのを待ったが、棒立ちのまま一向にかかわってこない直樹に愛想をつかし、飼い主のもとへ駆けていった。
『ああ、だめだなぁ』
残念そうにため息を漏らす滝沢に、麻衣は首を振った。
麻衣には直樹の小さな挑戦が大きな一歩に思えた。
『逃げずによく頑張ったわ。
ほめてあげなきゃ』
子犬に開放された直樹がきびすを返し、一直線に駆けてくる。
――――(怖かったでしょうに……)
直樹の心模様を察したそのとき、にわかに麻衣の胸がうずいた。
それは、背後から飛んできた矢に射られたような、予想外の衝撃であった。