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星と僕たちのあいだに
第9章 涙のゆくえ
 
髪を上下に乱し、
頬を引きつらせ、
懸命に腕を振って、
必死で駆けてくる。

――――(私のもとへ走ってくる……)

そう自覚した瞬間、麻衣の中に愛情が噴きこぼれた。
たまらず麻衣は両手を広げて直樹を受け止め、強く抱きしめた。
躊躇なく自分の胸に飛び込んできた、小さな直樹が愛しくてたまらない。
麻衣を満たした親愛は、時を移す間もなく、直樹という人間への深い慈しみに変わった。

『強かったね、
 怖くなかったの?』

麻衣が訊ねると、直樹は一文字に唇を結び、本当は怖かったくせにすました顔でこくりとうなずいた。
その取り澄ましかたがおかしくて、涙目の麻衣がクスッと笑うと、直樹もにこりと笑い、『ちょっとだけこわかった』と麻衣の耳元に小さな声をかすれさせた。

それからは、いずれ『バイバイ』の手を振らなくてはいけないと解っていながら、麻衣はその端緒をつかまぬようわざと心にふたをして、滝沢父子との時間を楽しんだ。
そういった行為が、あとあと自分をざっくり傷つけることも見越した上でのことであった。


初恋のデートのように、直樹と戯れる時間はあっというまに過ぎた。
午後の作業開始を知らせる製鉄所のサイレンをきっかけにして、麻衣は意を決し『そろそろ帰ります』と滝沢に告げた。

直樹の頬に自分の頬をなでつけたあと、身をちぎる思いで直樹を滝沢にあてがい、『また遊ぼうね』と本意とは違う笑顔を浮かべてお辞儀した。
滝沢は丁寧に頭をたれ、自分たちもときどきここに顔を出します、また遊んでやってください、と名残惜しい心持ちを表情に隠さなかった。

別れ際、哀しげにいつまでも手を振る直樹に後ろ髪を引かれ、麻衣は駐輪場への遊歩道を歩きながら、何度もふりかえって滝沢父子に手を振った。


 
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