この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
星と僕たちのあいだに
第9章 涙のゆくえ
供養花を手向けてお線香に火をつけ、もういちど二人で手を合わせた。
いつも人の見えないところで、がんばる母だった。
だから麻衣は、母のお葬式のあいだも、母はいつものように忙しくしていて、親戚の人や近所の人たちのために、お茶を汲んだりお寿司を配ったりしてるのだと思っていた。
火葬されたあと母の骨を揚げるときも、それが母だと思えず、葬儀が済んで家に帰れば母と一緒にお風呂に入るのだと信じて疑わなかった。
目を閉じて母を想ううち、十五年前、私は本当に大きなものを喪ったのだな、と麻衣は思った。
「もし」という言葉は、生きてる私が使うべきじゃないのかもしれない。
けれども、もし、母が生きていたとしたら、今の私のこの気持ちをどんなふうに受け止めてくれるだろうか。
私という娘を持つ母は、母になれない娘にどんな声をかけてくれただろうか。
『お母さんなら、わかってくれるよね』
麻衣の心の中で輪郭を鮮明にした母への問いかけは、我知らず、言葉になった。
瞑目していた父が自分に話しかけられたものと思い、手を合わせたまま肩越しの麻衣に視線をやった。
視線を感じて見上げた麻衣の目が潤んでいるのをみて、父はじっと麻衣を見つめた。
『お父さんには、
わからないって意味じゃないわ。
女どうしの内緒話よ』
笑おうとして涙がこぼれてしまったので、麻衣は慌てて父に背を向けた。
『ほぅ、麻衣の涙は珍しいね。
白石さんがうちに来たときは、
楽しくて涙が出たけど』
『私、子供のころ、
あんまり泣かなかったよね』
『うん。
お母さんの葬式でも泣かなかったな。
参列した人も驚いてたよ。
さすが綾ちゃんの娘さんだ。
殊勝な娘がきっと
あんたを支えてくれるよって、
お父さん、みんなに励まされたよ』
父は懐かしそうに言うと、ポケットに手を入れて墓碑に視線を落とした。
そういえば子供のころ、自分はあまり泣くことはなかったと麻衣は思った。
独り子だったからだろうか、父も母も娘を悲しませない親だった。
いつも笑っていたように思う。
あのころの私は、哀しみの情緒がよくわかっていなかったのだろう。
あっという間に大人になってしまったが、哀しみの扱い方は上手くならない。