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星と僕たちのあいだに
第9章 涙のゆくえ
懐かしいものを見る眼差しで、真っ青な空を映す母の墓碑にしばらく見入っていた父は、話の途中だったことを思い出したように続けた。
『しっかりした時間を過ごすことだよ。
無意味に思えることでも、
一見無駄に見えることでも、
いつかそれが麻衣にとって重要な、
意味のあることになるかもしれない。
時間が麻衣を解決に導いてくれる。
お父さんは、そう信じてる』
父の話が自らの経験によるものだということが、麻衣にはわかった。
十五年前の今月、父は、母を亡くすとともに、きょうまでの母との膨大な時間を失ったのだ。
そして父が母を愛し続けるかぎり、その時間は喪失され続ける。
父には流れて行く時間も、亡き母を愛することも止められない。
これほど哀れで辛いことはない。
もしかすると父は、自ら命を絶つという方法で、時間を止めようと試みたことがあるのかもしれない。
父はどうして、今の父のようになれたのだろう。
時間というものが今の父を彫像(ちょうぞう)したとするのなら、私も時間の力を借りたいと思う。
今、私が真剣に取り組まなければならいことは、結婚や不妊の悩みよりも、目の前のものをきちんと愛することなのかもしれない。
『今すぐどうにかできることじゃないのは、
わかってるつもりなの。
あきらめがつかない自分が嫌なの。
いろんなことにあきらめがつかないって、
ホントにわがままよね』
もう少し父に甘えていたくて、麻衣がすねたような口ぶりで言うと、父は、麻衣の肩に手をまわし、自信を持てというように軽く揺すった。
『あきらめがつかないのは、
白石さんを心底愛してるってことだ。
父親として喜ぶべきことだろうな。
真剣に人を愛するのは、簡単なようで、
意外に難しいもんだからな』
何か言おうとして言葉を飲みこんだ麻衣に微笑みかけ、
『レディにお説教なんかして申し訳ないね』
と、ひょうきんに言い、空を見上げ、まぶしそうに目を細めた。
麻衣も顔をあげた。
さっき飛んでいた一翼の鳶は、どこへ行っただろうか。
まずは、元気を出そう――――。
紺碧の空をあおぎ、麻衣はそう思った。