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星と僕たちのあいだに
第9章 涙のゆくえ
それからしばらく、墓前で母を想う時を過ごした。
街の騒音が届かない高台の公園墓地に、青葉の匂いをこもらせた風が吹き抜けていく。
陽を浴び、風の匂いを感じ、やわらかい葉擦れの音を耳にして、人を想い、自分の心と語りあう。
見るともなく遠くの緑を眺めながら、麻衣は、時間を作ってまたここに来ようと思った。
そして父の言うように、しっかりした時間を過ごさなければならないとも思った。
いかようにも解決をみない問題と向きあうには、いまの自分の知恵や経験では駄目なのだ。
吊革をつかむスーツ姿の男性を見て感じたように、世の中には私の知らないことがまだまだ多すぎる。
私には知恵が足りない。
孤独や苦悩や不遇といったものを理解するために、おそらく私はもっともっと、教養を積まなければいけないのではないか。
経験はどうすることもできないが、学ぶことはいまこの時にもできる。
そうしてしっかりとした時間を過ごせば、いつかまた、別の考えかたができるようになるかもしれない。
そういえば、星の夜に圭司も言っていた。
壮大な調和の、その原理に人の想像が及んでいないだけだと。
立派な学者でもわからないことがあるのだから、私にわからないことがあるのは当然だ。
『ねぇお父さん、
賢くなる方法教えて』
腕組みをしてまじめに考える父に、さぁ父はどんな答えを出すのだろうと、麻衣は無邪気な目を向けた。
『それはね、とにかく、
いろんな人の話を聴くことだよ。
学校の教科書を勉強するよりも、
いい映画を観たり、
いい文学にふれるほうがいい。
学ばずして大切なものを得られると思う。
読書は人の話を聴くのと同じだからね。
数学や工学も面白いよ。
お父さんは大好きだけど、
麻衣は受験生じゃないからなぁ』
父はそう答えて微笑んだ。
そして、麻衣の頭をなでながら、『いい娘だよ』と言った。
しばらくしてお線香の煙が絶え、二人でもう一度手を合わせた。
また来るよ、と手桶を手にした父の表情には、どこか晴れ晴れとしたものがあった。