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星と僕たちのあいだに
第9章 涙のゆくえ
来たときと同じように父の袖口をつまんで、バス乗り場へのなだらかな坂道をゆっくりと歩きながら、麻衣は、帰り道のどこかで書店に寄ろうと考えている自分を、単純な女だなと思った。
でもこれは単純というよりも、素直と呼ばれるべきものだろうと思い直した。
ベストセラー小説がいいだろうか、大文豪が記したものがいいだろうか、それともDVDを借りて帰ろうか、などと思いをめぐらせながら何気に視線を振った先に、思いがけないものを目に入れた。
スーツの上着を腕にかけた滝沢直也が、道幅の広い坂道をこちらに向かってゆっくりと歩いてくる。
つじつまの合わない不思議なだまし絵を見ているような気がして、麻衣は視力の倍率をあげるかのように目をこらした。
それはやはり滝沢に間違いなかった。
首を突き出して男性を凝視する麻衣を見て、父が訝(いぶか)しんだ。
『知りあいかい?』
『え? うん。
近くの公園で迷子があって、
私が保護したの。
その子のお父様』
徐々に距離が近づいて、足元を見ながら歩いていた滝沢が視線を上げ、麻衣に気づいて立ち止まった。
滝沢は一瞬、目を見開いてから、麻衣と父の両方に思い迷った視線を交互に注いだ。
その視線の意味を察知して、麻衣は『ちょっと、ご挨拶してくるわ』と広い坂道を横切って、滝沢へ駆け寄った。
年配男に手ごめにされている若い女、というような、とんでもない誤解をされたくなかったからだった。
『滝沢さん、こんにちは』
会釈した麻衣は、そろえた指先を坂道の反対側にいる父に向け、実父だと紹介した。
地味ないでたちの父を少し遠目から見て、お墓でデートするわけないじゃないの、と自分の浅はかな邪推(じゃすい)を心の中で笑った。
『ああ、お父様ですか。
それはそれは』
滝沢の顔にあきらかな安堵がきざした。
その場から父に向けて折り目正しいお辞儀をする滝沢に、父も会釈した。