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星と僕たちのあいだに
第9章 涙のゆくえ
『ごめんなさい、
私、全然気がつかなくて』
『いえ、私が話していなかったのですから、
篠原さんが謝罪なさるようなことじゃありませんよ』
にわかに動揺し、あいまいな微笑にゆがむ麻衣が痛々しくて、滝沢はもういちど、
『そんな気にしないでくださいよ』
と、さっきよりも優しい笑顔を麻衣に向けた。
話の接ぎ穂を見つけられず視線をはずした麻衣に、滝沢は、『では、また』と頭を下げ、所在なげに道端の草をいじる父にお辞儀をして、坂道を歩いていった。
麻衣は、ほとんど放心のさまで、遠ざかる滝沢の背に視線をさまよわせた。
訊いてはいけないことを訊いてしまったような気がした。
愚鈍(ぐどん)な質問をしてしまった自分のうかつさを悔やむ気持ちだけではなく、それを知ったことによって生じた自分の心の変化に、いつか対処しなければならない時が来るのではないかと、かすかな怖じ気(おじけ)を胸におぼえた。
『よかったのか?
何かお話があるようなら、
お父さん先に帰っててもいいんだよ』
滝沢を見送る麻衣の肩に父が手をかけた。
『ううん、いいの。行きましょ』
『きちんとした人だね。
姿勢がすごくいい』
そうね、と麻衣は袖口ではなく父の手をとり、いくぶん早足で坂道を歩みはじめた。
『ねぇ、きょう家に泊まっていい?』
圭司も早苗も帰りが遅いことはわかっている。
ひとり倉庫に居ては、いけない気がした。
『構わないよ。
麻衣はうちの子なんだから』
『じゃ、どこかで買い物して帰ろうよ。
晩御飯、作ってあげる。
本屋さんにも寄りたいわ』
『ほう、それは嬉しいね。
楽しみだ』
墓苑のゲートの手前で一度ふり向いてみたが、坂道に滝沢の姿はなく、坂の両脇に生い茂る夏草とうっそうとした木立の葉が、風をうけて揺らめいていた。
姿が見えなくなる前に、滝沢はこちらを振り向いただろうか……。
滝沢に対して抱いたいくつかの疑問のうち、麻衣はなぜか、それが気にかかって仕方なかった。