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星と僕たちのあいだに
第9章 涙のゆくえ
レストスペースには早苗より後輩の男性社員がいた。
早苗の姿をみとめると、男性社員は媚びるように『どうぞ』とコーヒーマシンの順番を譲った。
備え付けのコーヒーマシンは、味は良いがドリップに時間がかかるのが難点だった。
早苗は、ごめんね、と軽く会釈してボタンを押してからカウンターのふちに腰をあて、ノズルの先からポタポタと紙コップに落ちる褐色のしずくをぼんやりとながめた。
――――(切っていくものねぇ……)
部長は早苗の懸念を誤ることなく正確に見抜いていた。
こともなげに口にしたが、最後の言葉には早苗への思いやりが織りこまれていることに、早苗は十分気づいている。
そしてその言葉は、早苗にとって正しいに違いなかった。
大仕事をやってのけ、プロジェクトリーダーとして事業の中心で活躍する早苗は、名実揃うキャリアウーマンの称号を得た。
類まれな美貌は大きな付加価値となり、新卒社員の憧れとして高いところに据えられ、過去の不倫恋愛に陰口をささやいた者でさえ早苗を賞賛した。
学生の頃からちやほやされ、それなりに遊んできた早苗だが、いい恋人になろうと考えたことは一度もなく、上昇志向の塊であった彼女は、社会に出てからも男の世話になって慎ましく生きることに何の魅力も感じることはなかった。
だからといって、世の家庭婦人にあざけりの目を向けたことはない。
ただ自分は、そういうふうに生きていくことができない人間だと思っていたに過ぎない。
『あの、コーヒーできましたけど……』
ランプの点滅がコーヒーの仕上がりを知らせたが、気づかない早苗に、順番を待つ後輩社員がおどおどしながら声をかけた。
『あ、ごめんなさい』
早苗は受け取った紙コップを窓際のカウンターの上に置くと、口をつけるには熱すぎるコーヒーが冷めるのを待つあいだ、紙コップから立ち昇る湯気を見ながら、胸苦しい記憶を思い起こした。