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星と僕たちのあいだに
第10章 揺らぐ鬼火
 
他の魚を選んでいると、突然女性の大きな怒鳴り声が店内に響きわたり、麻衣は驚いて振り向いた。
周囲の買い物客が一様に視線を向けるさきに、意味がわかりづらいが、まくしたてるような喋り方で『てめぇ』という言葉が麻衣にもはっきりと聞こえ、どうやら女性が子供を叱っているらしい様子がみてとれた。
髪型も身なりもそれなりにきちんとした人なのに、と母親らしき女性の乱暴な言葉づかいに麻衣は幻滅した。

母親らしき女性は常軌を逸した激しさで子供に罵声をあびせ、叱られている男の子はお菓子の袋を持ったまま、しゅんとうつむいている。
その姿がさっきテレビで見た女の子と重なり、胸苦しくなって麻衣は目をそむけた。

パチンッと音がして麻衣が振り向くと、髪を乱した男の子が姿勢を低くしていた。
なおも母親は怒鳴っている。
もう一度手を振り上げたとき、男の子はピクリと首をすくめて両手で頭をかばった。
母親は男の子をぶつタイミングをはかるように手を上げ下げしている。

とっさに麻衣は、『よしてください!』と声をあげた。
母親に寄っていく麻衣に周囲の買い物客が注目した。
母親は目を丸くして、

『はぁ? あんた誰よ』

と興奮気味に言った。

『こんなところで、
 手を上げることないでしょう?』

おだやかな口調で麻衣がなだめると、母親はみるみる鬼の形相にゆがんでいく。

『なによあんた!
 赤の他人に言われる筋合いないわよ』
 
『子供を叩かないで。
 もう観念してるじゃないですか』

麻衣は懇願するように言った。
無力な者が傷む姿をこれ以上見たくなかった。

『あんたバカじゃないの?
 あんたに何の権利があんのさ?
 あたし母親よ。わかってんの?』

母親は甲高い声でまくし立て、『行くわよ!』と子供の手首をつかんだ。

『ほんと、気分悪いわ! バカ!』

いまいましそうに言葉を吐き捨てた母親は踵(きびす)を返し、子供を引きずるようにしてカートを押して行った。
麻衣の足元にはお菓子の袋が置き去りにされた。


 
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