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星と僕たちのあいだに
第10章 揺らぐ鬼火
水際で躊躇する直樹を見て、ふと麻衣は、母親が子供を見る目線とはこういうものなのだろうか、と考えた。
いたいけな幼さというものは、犬や猫であっても手を添えたくなる。
勤務先の小児科病棟でときおり母性をくすぐられることがあるが、それは直樹に対して感じるものとまた少し違う。
噴水ごしに自分を見つけたときの、直樹のあの輝いた表情はなんとしたものだろう。
夢見るような笑顔で精一杯の反応を見せてくれる。
求められ方が違う。
病院の子供たちよりももっと近接した、ただ甘えられているだけではない、心底からの求めを感じてしまう。
あなたでなければダメなんだ、という切なる求め。
その求めに応じられることがたまらなく嬉しくて、もっともっと無節操に応じてやりたくなる。
こんなふうに本能的に求められる世の母親たちが、やはりうらやましい。
麻衣は池のへりまで戻り、身を低くして直樹に顔を近づけた。
額にうっすら汗ばんだ小さな顔が、胸のすくほど可愛らしい。
いったん天を仰ぎみて、もういちど直樹に鼻先をつき合わせる。
『ねぇ直樹クン。
麻衣のこと好き?』
うん、と直樹はうなずく。
『麻衣のどこが好き?』
具体的に伝える言葉を持たない直樹は、叱られたような少し考えるような、難しい顔で唇をとがらせて足元に視線を落とした。
その様子がいじらしくて、
『ごめんね、難しい質問だったわ』
麻衣が微笑むと、直樹は小さな手で麻衣の頬をきゅっとつまんだ。
次いで腕をつまみ、髪に触れ、鼻、唇、額の順に指先でちょんちょんとつついてゆき、最後に服の上から乳房をそっとついた。
『すき。まいちゃん』
ぎこちない、精一杯の愛情表現であった。
目をあわさずに言う直樹の頬は赤らんでいた。
とたんに強烈な情動が麻衣の中にせきあげてきて、麻衣は身震いするほどの歓びに満ちた。
――――(嬉しいっ!)
思わず直樹を抱きしめていた。
この子と居たい。
私を歓びで満たしてくれるこの子が欲しい――――。
偽らざる、切なる願いであった。