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星と僕たちのあいだに
第10章 揺らぐ鬼火
『ここに越してから間がなくて、
まだ一度も見たことがないんです』
『え? そうなんですか』
滝沢は驚いたふうに少し身をのけぞらせて言い、自宅マンションのある山手へ目をやった。
『うちは十二階なんで
目線の少し上に見えるんですよ』
『わ、目線に花火ですか。
きれいなんでしょうね』
『ええ、格別ですね。
毎年、素麺食べながら楽しんでます。
うちからご覧になりますか?』
そう口にしたあとすぐ、滝沢は言ったことの意味を思い直してハッとした。
何と無邪気なことを口走ってしまったのだろうと、気恥ずかしさで頭が真っ白になった。
ごく単純に、篠原麻衣と息子の三人で花火を楽しみたいと思ったに過ぎないのだが、誤解されてもおかしくない一言だと瞬時に反省した。
『え、私が?
お邪魔してもいいんですか?』
あっけらかんと喜びを表情に隠さない麻衣に、滝沢の方が少し引いた。
『え、ええ。構いません。
直樹も喜びます。
私もうれしいです』
『わぁ、楽しみです。
特等席で花火を見られるなんて』
夢想するように笑みをたたえる麻衣を見ながら、滝沢は、麻衣が示した反応に救われた思いがした。
『ねぇねぇ直樹クン、
私、お邪魔しちゃっていいかな?』
麻衣にそう訊かれたときの雀が跳ねるような直樹のはしゃぎ方が、滝沢の胸を温かくしていた。
内気な幼い息子が唯一心を許して慕う篠原麻衣に、滝沢は、ひとりの父親として感謝の念を強く抱いた。
彼女が自分たち親子に親しく接してくれるだけで、ありがたいことなのだ。
飛躍した想像をする以前に、この女性との関係そのものを大切にしなければならない。
そう肝に銘じた。
滝沢が麺を湯がき、麻衣が具材を作って持っていくということで話が決まり、夕刻、マンションの最寄り駅で落ちあう約束をして、三人は海浜公園をあとにした。