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星と僕たちのあいだに
第10章 揺らぐ鬼火
麻衣は倉庫に戻ると、帰り道にスーパーマーケットで買いこんだ材料を広げ、早速具材作りにかかった。
茹でたオクラをしょうが醤油で味付けし、湯むきしたトマトは細かく切って大葉とオリーブオイルで和える。
茄子を薄切りにして胡麻油でソテーしたあと、塩で味を整え、ついでにキュウリを刻んで塩もみする。
それらはいずれも父の好みで、母が残してくれたレシピを参考にしたものであった。
母のノートは麻衣の強い味方としていまだ健在であったが、使いこんでぼろぼろになり、ところどころ外れたページをそのつどテープで留めたありさまで、最近、麻衣は新しいノートに母の秘伝を少しずつ書き写し始めているのだった。
穴子のてんぷらは向こうで一度温め直してもらおう。
みょうがはどうしようか。直樹は食べるかな。
あの子は好き嫌いが激しそう。
刻みハムぐらいしか食べてくれないんじゃないだろうか。
ささみを湯引きしたほうがいいかな。
これじゃ冷麺になっちゃうね。
そうだ、錦糸卵も作らないと……。
頭をひねり、気を使いながら、麻衣はせわしくキッチンを動きまわった。
人を喜ばせるために料理するのは本当に楽しい。
そんな喜びのあいまに、¨もうひとつの想い¨が麻衣の心にときおり顔を覗かせる。
キュウリを刻む麻衣の目から、ふいに涙がこぼれた。
『はぁ、やっぱり、つらいな……』
一抹の痛みを伴なう、もうひとつの想い。
その想いに何の脈絡もないわけではない。
麻衣は、今夜の花火見物にまるっきり我を忘れて舞い上がっていたのではなかった。
今日を最後に、滝沢親子との関係を絶つ決心をしていたのである。
迷子に手を差しのべたことから始まった人間関係は、気づけば抜き差しならぬまでにふくらんでいた。
麻衣が危惧をおぼえたのは、それぞれの感情の訴えが表面化しはじめていることだった。
好きな相手を見るとき、人には特別の視線がある。
麻衣は滝沢の視線にそれをひしひしと感じていた。
自分は滝沢に求められている。
直樹の母として、亡くなった妻の幻影として。
そんな滝沢の視線は彼の求めを麻衣に気づかせるだけでなく、麻衣自身の気持ちをも麻衣本人につきとめさせてしまったのである。