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星と僕たちのあいだに
第10章 揺らぐ鬼火
滝沢親子と出逢い、伴侶との死別を知り、そして滝沢からの求めを感じたとき、麻衣は母になることができると思った。
彼らとの出会いに、不妊という敵を降参させる強い武器を得たような気持ちになった。
同時に、自らの無分別な渇望と自分の奥底で息をつく独善に気づいた。
己が為す行動いかんで渇望を満たすことが決して不可能ではない、ということを知ったのである。
滝沢と恋をすれば直樹が手に入るかもしれない……。
そんなふうに考えた自分を、麻衣は許せなかった。
それは、滝沢への想いが本物だったからだ。
墓苑の坂道で滝沢の背中に見たものは、直樹への愛情とまったく無関係なところでの、淡く儚い恋慕であった。
慎み深く、礼節を知り、どうかした拍子に翳(かげ)りを見せる不遇な男を、知らぬまに好きになっていた。
だが今日まで麻衣は本心をごまかし続けた。
自分の心を正視すれば、良心にとがめられる。
それが怖かったのだ。
こらえていた涙が頬をつたい落ちた。
視界が涙でにじむ。
『痛っ……!』
手元を誤って、包丁の刃先を指にあててしまった。
深くはないがピリッとした痛みとともに、血の玉が指先にふくらんだ。
傷口を吸いながら麻衣は、自分は何かに試されているのではないかと思った。
幸福を得るための試練。
あれもこれも抱えたまま人は幸福になれない。
そんなことは誰よりもわかっている。
幸福のために棄てられたこともあるのだから……。
圭司と出逢い、愛を確かめあい、未来を誓いあった。
他の何よりも大切なものは、圭司との愛を得られた幸福だ。
一年前の出会いがなかったら、自分は絶望を抱えたままどこでどうなっていたか、想像しただけで怖くなる。
あの頃の私には考えられない幸福を授かったのに、ごうつくばりな自分が恥ずかしい。
滝沢からの求めはいずれもっと強いものになるだろう。
今の関係が今の形のままであるとは思えない。
滝沢への愛情がいま以上の形を成してしまう前に、滝沢親子と訣別することが物事の誠実というものだろう。