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星と僕たちのあいだに
第10章 揺らぐ鬼火
今夜の花火を最後に、彼らの前から私は姿を消そう。
あらたまった別れの言葉が要らない、今のうちに……。
このお別れは誰のせいでもない。
大切に思う相手だからこそ、不自然なまま時を経てはならない。
直樹は。
あの子は大丈夫だろうか……。
直樹は母の温もりを知らない。
人間にはその年代ごとに正しい育ち方というものが、きっとある。
柔らかくふくよかなものが最も必要ないま、直樹のそばにそれはない。
今の直樹には、身近な人間との密接な触れ合いが必要なはずだ。
直樹は来年小学校に上がる。
集団の中で上手く過ごすには少し線が細いような気がする。
大人の世界よりはるかに残酷な子供の群れに、今のままの直樹を放り込めば、直樹の柔らかい心はじきに破綻してしまうだろう。
今の集団教育が子供の成長の遅れなど待ってくれるはずがない。
直樹のような繊細な子供は置き去りにされていく。
それに対する答えはもうすでに出ている。
いまの直樹には私が必要なのだ。
思い上がりやうぬぼれではない。
直樹とつないだあの小さな手を通して、私はそれをはっきりと実感できる。
直樹が他の女性に心を開かず、父の再婚の気配に小さな抵抗を示したのは、彼の小さな胸の中で死別した母親が生き続けているからなのだろう。
その実体として、あるいは偶像として、直樹は私を見つけてしまった。
直樹の求めを私が受けいれないとしたら、直樹は心の中の母に見捨てられたように思うだろう。
つたない作法で精一杯の愛情を示し、新しい一歩を踏み出すための勇気をふりしぼり、胸中の母をつなぎとめようと、直樹は懸命に大切な他者とつながろうとしている。
それを私は拒否できるだろうか。
すがる直樹に熱湯を浴びせるのと同じことではないか。
なぜ? と訊かれたら、私はなんと答えたらいいのだろう。
どんな言葉も、慈悲なく直樹の心を打ちひしぐだろう。
『はぁ……』
やるせないあきらめが、麻衣に深いため息をつかせた。
出逢いの歓びが一転して罪過となっていく。
血の玉が指先にまたふくらんだ。
血は、涙と混ざって口の中ににじんだ。