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星と僕たちのあいだに
第10章 揺らぐ鬼火
チャイルドチェアのトレーにこぼれた素麺つゆをふきながら、『おいしいものだとよく食べるんですね』と滝沢が感心した。
『食の細い子でしてね。
直樹がこんなに食べるなんて
めったにないんです。
食べることを拒む何かが
直樹の中に棲んでるんじゃないかって
本気で疑ったこともありました』
ほら、ゆっくり、と直樹の口元をふく滝沢は、よろこび混じりの多少悩ましげな表情で言った。
『どうしても出来合いのもが多くなるんで、
なるべく私が作るようにしてるんですけど、
私のはやっぱりおいしくないんでしょう。
子供は正直ですよ』
滝沢は苦笑いを見せて、穴子のてんぷらにかぶりつくと、ほんとにおいしいと笑った。
喜んでもらえて嬉しいです、と照れくさそうに微笑む麻衣が、滝沢には輝いて見える。
そこにいるのは留美子ではないと重々承知しながらも、留美子が現実の世界に戻ってきたような気がして、素麺をかき込みながら滝沢は、心の内に浮かび上がった留美子を麻衣に投影させていた。
そうにしか見えないと思えば思うほど、目の前の麻衣がますます留美子になってゆく。
食事のあいまに麻衣を盗み見るうち、これまで何度も語りかけ、けれども決して答えのなかった留美子への問いかけが、知らず知らず滝沢の心のうちで言葉になった。
―――なぁ、留美子。
俺たちはどうしてあの日、あの時間、あそこにいたんだろう。
どうしてお前は、俺と直樹を残してくれたんだ。
朝、目覚めるたびに、お前がいないことを思い知らされるんだ。
仕事帰りに直樹を抱いて、ドアをあけるときもそう。
留美子はいないって、そのつど気づかされるんだ。
だけど俺は、いつも言葉にしてしまう。
おはよう、ただいま、おやすみ、ってね。
きょうは返事があるかもしれない、
何かの間違いで、帰ってきてるかもしれない、
今日こそは、もしかしたら……。
どうやら俺は、どこかでそう思っているらしい。