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星と僕たちのあいだに
第10章 揺らぐ鬼火
直樹は花火が上がるたび両手を上げてはしゃいでいたが、やがて飽きてしまい、炎天下での水遊びの疲れもあって、気づけば麻衣のひざの上で指を吸いながら、幼い寝息をもらしていた。
直樹の安息しきった寝顔に、麻衣は安堵した。
もう会わないと決めて直樹に背を向けることは、今の麻衣にとっていちばん辛い。
直樹が眠っているあいだにここから退くことで、せめて別れ際のあの物悲しい表情を見ずに別れることができたなら、少しでも心の痛手を受けずにすむと思うからだった。
――――(元気でいてね。大好きよ)
赤や緑をくり返す、直樹の頬をなでた。
一時間あまり続いた花火大会の最後を締めくくる乱れ打ちは甚(はなは)だ豪華で、巨大な火花のカーテンが四方八方に広がり、暴力的なまでに凄まじい輝きは、さながら光の嵐が真夏の夜を焼き尽くすようだった。
すべてが終わり、夜空に闇が戻ったとき、港町全体から歓声と拍手がわいた。
ひとときの夢を、ありがとう――――。
麻衣には人々のどよめきが、感謝の喝采のように思えた。
『はぁぁ、最後すごかったぁ。
いつまでも観てたかったな』
ため息混じりに麻衣が花火の終焉を惜しむと、滝沢は、敷居に腰を下ろしたまま、
『毎年、一緒に観ませんか?』
と静かに言った。
麻衣は背後から心臓をつかまれたような気がした。
滝沢に顔を振り向けることができず、暗い空に視線さまよわせた。
滝沢の言葉に重みを感じてしまったうぬぼれをたしなめながらも、その言葉を軽く受け返せるだけの余裕がなかった。
『え、ええ……』
生半可に答え、麻衣はそれきり黙ってしまった。
だが、この沈黙は訣別を告げるにふさわしい。
潮時を感じた麻衣は心を決め、大事な話の前、いつもそうするように大きく息を吸った。
そのとき、わずかに早く滝沢が口を開いた。
『篠原さん。
来年もここに来てください。
自分、まじめに言ってます。
篠原さんと、
おつき合いしたいと、思ってます』
滝沢の声が暗がりのベランダに低く響き、麻衣は一瞬息をとめた。
何も言えず、さっき吸い込んだ息をどこへやろうかと、ただただ不自然な呼吸を続けた。
滝沢の口ぶりは凛々しく、整然としていた。
それが余計、告白に真実味を与えた。