この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
星と僕たちのあいだに
第10章 揺らぐ鬼火
ふと滝沢は、考えこむような難しい顔つきでカップを置いた。
そうしたときの表情は、直樹と同じだと麻衣は思った。
『見たことありませんが、
篠原さんを好きにさせた男性は、
きっと素敵ないい男なんだと思います。
私はその人に及ばないかもしれないけど、
その人にはないセールスポイントも、
たぶんいくつかはあると思ってます』
滝沢は言い、しばらくぶりに麻衣へ視線をあてた。
その通りだというふうに麻衣が微笑むのを見て、滝沢は、
『タバコはもう吸いません』
と付け加え、眉を上げて何度かうなずいた。
夜更けの蝉しぐれが、誰かに叱られたみたいにひとときやんで、掛け時計のチクタクが過ぎていく時を静かに知らせた。
帰り際の玄関で、パンプスを履いた麻衣の肩に手を掛けた滝沢は、そのまま麻衣を引き寄せた。
滝沢の胸元が近づいて、麻衣が伏せた顔をあげると、二人は唇をあわせた。
麻衣はキスを許した。
滝沢にではなく、自分に。
その間、微動だにせず、バッグの肩ひもをにぎっていた。
ただ、滝沢がそえた手を払うことも、顔をそむけることもしなかった。
重ねられた滝沢の唇を自分の唇が柔らかく受け止めている事実に、麻衣は、ぼぅっとして自分が何者であるかわからなくなった。
目を閉じたとき、筋肉の巻きついたあの腕が、自分の肩をそっとつかんでいるのだと思った。
その手は、麻衣の腰にも、すぐそばにある大きな胸にも、どこへも動かなかった。
圭司への背信とか、滝沢への愛情とか、そういった説明のつく感情もなく、淫靡な欲望にかられたのでもない。
麻衣がキスをためらわなかったのは、それを拒む理由がどこにもなかったからだった。
第十章 揺らぐ鬼火