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星と僕たちのあいだに
第11章 夏の終わりに
圭司はこちらを気づかせようとクラクションを鳴らした。
代車のクラクションは、子供の水笛のような頼りない音をヒョロヒョロと漏らすばかりで、駅前の喧騒の中に埋もれた。
――――(ホーンもまともに鳴らないのかよ)
苦笑して、麻衣に電話をかけた。
歩いていた麻衣が立ち止まって、肩掛けのバッグから携帯電話を取り出すのが遠目に見えた。
耳にあてた圭司の電話は麻衣をコールしている。
麻衣はしばらく画面を見つめたあと、おもむろに携帯電話をバッグにしまった。
同時に、圭司の耳には留守電応答が聴こえた。
『え? おいおい、なんだよ。
あいつ冷たいな』
麻衣が電話に出ない理由が圭司にはさっぱり解らなかった。
信号が青に変わったことを後ろの車から短いクラクションで知らされ、圭司は慌てて車を出した。
交差点を越したところで車から降り、手を上げて呼びかけようとしたとき、麻衣が何かに手を振って駆けだした。
圭司は声をかけるタイミングを失い、肩掛けのバッグを押さえながら小走りに行く麻衣の背を目で追った。
麻衣が駆けていった先にはワインレッドのカローラが停まっていた。
その脇に立つスーツ姿の男性が麻衣を笑顔で迎えている。
『は? 誰?』
圭司は首を突き出して目を凝らした。
二人は軽く会釈しあい、言葉を交わしているようだった。
会話の内容はまったくわからないが、悪い雰囲気でないのが男性の表情から見てとれる。
麻衣が助手席に乗りこむと、カローラは圭司の前を通り過ぎていった。
『あらら、えぇ……』
カローラのテールランプを呆然と見送る圭司の前に、タクシーが停まり、後部ドアが開いた。
自分が手を上げたままだったことに気づき、圭司は乗る意思がないことを運転手に告げて詫びを入れた。
その間に、麻衣と男性が乗ったカローラの姿は見えなくなった。
あっという間の出来事に圭司は気抜けした。
代車にもたれかかり、夢の中に放り出されたような気分で、黄金色のうろこ雲に埋まった空を見上げた。
見慣れた駅前の風景が、遠いむかしに来た街角のように現実感を失っていった。