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星と僕たちのあいだに
第11章 夏の終わりに
ポケットにワゴンのキーを探ったとき、早苗がぽそりとつぶやいた。
『転勤辞令が出たの』
『転勤? どこ?』
驚きに打たれる圭司に、早苗はうつむいて、シンガポール、と小さな声で言った。
『シンガポール? いつからだよ』
『来月の終わり』
『えぇ……いきなりだな。
正式に決まったのか?』
早苗がうなずいたあと、しばらく沈黙が続いた。
圭司は言いようのない淋しさを感じた。
渡瀬も、麻衣も、そして早苗をも失いかけている。
愛しいものをつなぎとめることができない、そんな無力感が圭司の心につのってゆく。
やりきれない気分で早苗を見つめた。
うつむいた早苗の洗練された薄化粧が、自分のわびしい想いを代弁しているように思えた。
『いつ帰るんだよ』
『たぶん二年、もっとかも』
『そんなに……。
早苗がいないと、
さみしくなるな』
圭司の言葉が、早苗の想いの堰(せき)にひびを入れた。
早苗は意を決して顔を上げ、強い意志にふち取られた瞳を圭司に向けた。
けりをつけなければ、圭司のそばから離れることなどできない。
もし圭司が大切なものを手離してくれるなら、自分もすべてを投げうつのだ。
そして、この人から一生離れずに生きていく――――。
早苗は圭司を見据えた。
『圭ちゃん、あのね、
あたし……』
一世一代の告白を口にしようとしたとき、砂利を踏みしだくバイクの音が聴こえ、その音は二人を驚かせた。
麻衣が戻った。
圭司が厳しい視線を鉄扉へ向けると、拍子抜けした早苗はがっくりと大きなため息をついた。
『お風呂、入ってくるわ』
ビールを飲み干して空き缶をくずかごへ投げ、早苗はいら立ち気味にバスルームへ行った。