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星と僕たちのあいだに
第11章 夏の終わりに
迷子を抱き、金色の夕日に輝く麻衣―――。
桜の花びらに見え隠れした、麻衣の小さな背中に刻まれた標―――。
これからの時を誓いあった、黄色い月の夜――――。
桜の日の記憶に閉じこめられていた、麻衣の不遇と切なる願いが圭司の胸によみがえる。
男と麻衣との接点は、あのときの子供との縁(えにし)によるものだった。
そう悟ったとき、圭司にあった怒りの感情は心の中でぐしゃりと音をたてて潰れた。
かわりに決定的な敗北感が圭司にのしかかった。
『そうだったんだ……』
消極的に事情を汲みとったあと、圭司は胸の息を吐きつくした。
そして何もかもが手遅れであろうことを心のどこかで理解しはじめていた。
自分がどれだけ麻衣を愛そうと、麻衣が欲してやまないものを決して授けてやることはできない。
それをあの日、麻衣は目の前に差し出されたのだ。
麻衣は「癒し」に抱きすくめられた。
麻衣の絶望は希望に変わり、麻衣の不遇は矛先(ほこさき)をこちらへ向けた。
『俺には、かなえてやれないよ……』
そうつぶやいて圭司は、もたれかかるようにしてシンクに体を預けた。
返す理屈もなにもない。
駅前で麻衣を見つけた時、とうに麻衣の中では決着がついていて、すでに物事は複雑ではなく、自分との別れの逡巡(しゅんじゅん)も通りこして、麻衣はただ、別れを告げる機会を探しあぐねていたのだと、圭司はいまさらのように思い知った。
確かにきっかけはあの子との出会いなのだろう。
母性愛の肌触りの良さは、麻衣にとって何ものにも代えがたい。
けれども、きっとそれだけではない。
麻衣が無様な言い訳を一切せず、残酷なまでに端的で正直な返答をするのは、その心の中で、いまの生活を投げうつ覚悟ができているからだ。
つまり、麻衣はあの男を愛している。
男と麻衣は一定の時を経て、その間に互いを知り、何らかの共感を得たのだろう。
理由はどうであれ、それは不誠実なことだ。
誠実でないというのは、暴力の一種だ。
新しい片方の愛を抱きすくめ、すでにあるもう片方の愛を踏みにじるのは、裏切り以外のなにものでもない。
裏切られた側は、裏切りに対しての腹立たしい気持ちやわだかまりを、この先少しずつ忘れられたとしても、おそらく消えてなくなることはないだろう。