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星と僕たちのあいだに
第11章 夏の終わりに
やせ我慢や嫌がらせではなく、麻衣が出した結論に水をさしたくなかったのだ。
その結論を導き出すまでに苦しんだ麻衣を、欲望のなぐさみものになどできない。
愛した女の決心を、刹那の肉欲で汚したくない。
そんな想いが圭司の心を占めていた。
直接あの男のところへ行くのか、一度実家に帰るのかわからないが、男との関係が表に出た以上、おそらく麻衣はこの二、三日のうちに倉庫から出て行くだろう。
確かに麻衣は、婚約者である自分を裏切り、目の届かないところで他の男に体を開いた。
だが、それでもなお自分は、麻衣を憎むことができない。
可愛さ余って憎さ百倍などというが、そんなことはない。
男が、心底愛した女を憎むことは意外にむつかしいものだ……。
何を言っても言い訳になる状況で多くを語らなかった麻衣が、唯一、質(ただ)した以外に付け加えて答えたのは、子供に母親がいないということだけだった。
そのことだけは知ってもらいたかったのだろう。
それは麻衣の構えた、たったひとつの正論でもあるからだ。
別れの理由をそれと思いこむことで、麻衣はこの別れを納得しようとし、失われる愛をなぐさめたかったのかもしれない。
裏切りは罪だろう。
だがたとえそうだとしても、いったい誰がそれを裁くのだ。
自分と麻衣は愛と永遠を誓い合ったが、何ひとつ契約はしていない。
麻衣は誰とでも自由に愛しあえる立場だ。
しかし、そんなつまらない制度や誓約などとはまったく無縁の、心の深い部分で、麻衣はあの男を愛してしまったのだろう。
麻衣は、男を愛する自分自身をとどめようとしたに違いない。
たくさんのことを考え、周囲をおもんぱかり、幾度も絶念を重ねたはずだ。
けれども、一線を越えるものを男と麻衣が持ちあっていたのだ。
それをとがめだてする権利は誰にもない。
背筋を伸ばして麻衣を迎えたあの男も、きっと、ものの哀れを知る人物なのだろう。
そうであってほしい……。
『幸せになれよ……』
思わず口をついて出た圭司のささやきに、麻衣は体をこわばらせ、嗚咽した。
『心から願ってるよ』
圭司はそっと麻衣を抱きよせ、目を閉じた。
暗闇に麻衣の匂いを感じながら、壊れてしまった愛のかけらをひとつひとつ丁寧にひろい集め、まぶたの奥の闇にふわりと葬った。