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星と僕たちのあいだに
第11章 夏の終わりに
『うん。医者が言ってた。
あいつの内臓は
割れたグラスみたいなもんらしいよ。
それをそろーっと組み合わせただけだって。
今度落としたら元に戻せない』
『つまんねぇ人生だな。
酒も呑めないなんてよ』
修理工は渡瀬を哀れむように言った。
『そうだよ、おやっさん。
健康が一番なんだよ』
『そうか、そうか』とぶつぶつ言いながら、爪の間に溜まった油汚れをかき出していた修理工が、思い出したように訊いた。
『そういや圭司クン、
結婚するんじゃなかったか?
見舞いに行ったとき
渡瀬クンが言ってたよ。
さき越されたって』
『あぁ結婚ね……ご破算だよ』
『なんで? 浮気バレたか?』
『俺が浮気なんてしないよ。
逃げられたんだよ。
みっともねぇだろ?』
『えぇ、いつ?』
『ついさっきさ』
『はぁ?』
目を見開く修理工に、圭司はさも辛そうな顔にゆがめて、
『だからさ、おやっさん。
ホントは俺いまツラいんだぜ。
ちょっと気を使ってくれてもいいんだよ』
と軽口を言うと、修理工は、ニタリとからかいの笑みを浮かべた。
『なぐさめてやろうか?』
『いらねぇよ』
圭司はふんっと鼻先で笑った。
『いい女だったのか?』
『最高の女だよ』
そう口にしたとき、圭司の胸がぴりっと痛んだ。
最高の女を奪われたことよりも、最愛のものを失ったことがわびしかった。
『いい女に逃げられちまったか。
確かに、みっともねぇな』
『ほんと、みっともねぇ』
冗談のように返した圭司だが、自分のことをみすぼらしい男だと思う気持ちは本心だった。
顔がこわばっていくのをごまかそうと、圭司はわざとおどけて言った。
『おやっさん。
やっぱ、なぐさめてよ』
爪の掃除を終えた修理工は、頭の後ろに手枕をして、狭い車内で短い足を組み、
『ぜぇんぶ圭司クンが悪いのさ』
と、しみじみ言った。