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星と僕たちのあいだに
第11章 夏の終わりに
中古車屋でワゴンに乗り換えた帰り道、圭司は運転席で何度も感嘆の声をあげた。
整備の済んだワゴンは七年落ちの中古車とはいえ、これまで乗ってきたオンボロとは比べ物にならない快適さで地面に吸い付くように走ってくれる。
その軽快さは、久しぶりに人間の役に立てることを車が喜んでいるかのようだった。
窓ガラスを下ろすと車内に風が巻いた。
街路灯と信号機の明るさが目につきはじめ、振り仰げば、夜になりきらぬぶどう色の空ひくく、少し腹をふくらませた上弦の月が浮かぶ。
アンテナを伸ばしてラジオのスイッチを入れると、聴き覚えのあるメロディーが圭司の耳に心地よく響いた。
ハンドルを握る指先が自然に拍子をとる。
人の声とも弦楽器の響きともつかぬ茫洋(ぼうよう)と漂うような調べは、麻衣の機嫌がいいとき、料理をしながらよく鼻歌で聴かせてくれた曲だった。
――――(I'm not in love……)
そうそう、この歌い出しだけ。
あとは歌詞があやふやになって鼻歌に変わってくんだ。
ごまかして唄うのがおかしかった。
あいつ、何がいけないのって顔して笑うんだ……。
はにかんだ麻衣の笑顔が、鼻歌を聴いていたときの実感で圭司の眼に浮かぶ。
つかみきれない煙のように、胸の奥底から麻衣への未練が湧き上がってくる。
その煙はラジオからのメロディーと混ざり合い、圭司のなかに充満した。
もうじきに暗くなる、その少し前の群青の空が、家路をうながすかのようにグラデーションを描いている。
麻衣の居ない棲家は淋しいが、居れば居たで、気まずさから重苦しい時間になるだろうことは想像に難くない。
圭司は、なんとなく行き場を失ったような気分になった。
――――(どっか行こうかな……)
ふいにそんな気持ちが湧くと、圭司の心にひとつだけ、救いのように浮かんだ風景があった。
倉庫へ帰ることの気うとましさと、ワゴンの乗り心地の良さが、圭司の心を遠くの空へ飛ばした。
ちょうど仕事も一段落ついて、明日あさってと撮影はない。
対向車線に煌々と輝くガソリンスタンドを見つけた圭司は、意を決してハンドルを切った。
スタンドで給油して高速道路の乗り口へ向かった。