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星と僕たちのあいだに
第11章 夏の終わりに
いら立ちながら、早苗は、浴槽の湯を抜いてバスルームを洗った。
湯がたまるまでのあいだ、洗面台の前でスツールに腰を下ろし、圭司を想った。
麻衣は出て行った。渡瀬もいない。
倉庫には自分と圭司の二人きりだ。
これから圭司とどう過ごそうか……。
麻衣を失い、圭司はさぞかし落胆していることだろう。
帰ってきた圭司にどんなふうに接し、どう声をかければいいのだろう。
言葉を尽くしてなぐさめる、そんなしらじらしいことが自分にできるだろうか。
『なぐさめてもらいたいのは
このあたしよ』
憤懣やるかたなく口走って洗面台の鏡に映る自分とにらみあい、心の傷口が広がっていくのを懸命に押しとどめた。
それにしても、と早苗は首をかしげた。
あれだけ圭司にべったりだった麻衣が、自分から圭司との生活を棄てるとは、よほどの事が麻衣の身辺に起こったのに違いない。
二人は婚約し、身内への挨拶も済ませていたのだ。
マラソンで言えば、トップを快走していたランナーが競技場まで来て、突然試合放棄するようなものだ。
いったい何があったのか。
人の奥底に隠れているものは、本人にさえわからない支離滅裂なものがある。
それを他人がうかがい知ることなど到底できないが、女の中に夜叉が潜んでいることは、女である自分が一番よくわかっている。
あの、おぼこ娘にしか見えない麻衣の中にも、やはりそんなものが棲みついていたのだろうか……。
ただ麻衣は、いかにも麻衣らしく自分が去ったあと見苦しくないよう後始末をつけ、置き手紙まで残してここを出ていった。
その手紙に理由は何も書かれていなかった。
迷いやためらいがあれば、同調や理解を求める気配がどこかしらにあらわれるものだが、文面には一言の愚痴も言い訳もなかった。
――――(自分から身を退いた……何の為?)
何か後戻りできない事態が起きた……。
それによって麻衣は、圭司との関係にきちんと落とし前をつけなければならなくなった。
そうだとすると、麻衣は断腸の思いでここを出て行ったということになりはしないか……。