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星と僕たちのあいだに
第11章 夏の終わりに
 
飯田ICで高速道路をおり、圭司は記憶を頼りに山あいの道を走った。
電柱に掲げられた古い看板を見つけ、そこに書かれた指示通りに国道から田舎道に入ると、暗闇に煌々と明かりをともす古宿が見えた。

重い木製建具を引き開けたところへ、半被(はっぴ)姿の主人が広い玄関の上がり口にひざをついた。
宿の主人は以前圭司が宿泊したことを覚えていた。

予約はしてないが空きはあるかと尋(たず)ねる圭司に、時間が遅いので食事はたいしたものを用意できないが、酒のつまみぐらいで構わないならと腰を上げ、圭司を二階へ案内した。

主人が気をきかせたのか、たまたまその部屋が空いていたのか、四畳と八畳の続き間には、床の間に大きな古めかしいデジタル時計が置いてあり、木の窓枠もそこから見える眺めも、去年の秋に来たときと何も変わっていなかった。

窓の外には林の上に、やはり満天の星空が見えた。
あの時の自分と今の自分が同じ人間なのだと思うと、不思議な気持ちになった。
かたわらに誰かいるような気配を感じたが、部屋の中には自分の他に誰もいなかった。

風呂から上がると八畳間に布団が敷いてあり、隅に追いやられた座卓の上に、酢の物や塩辛といった酒肴を小分けにした膳が用意されてあった。

蛍光灯の紐をひいて真っ暗にすると、星空は洗われたように輝きを増した。
布団を半分にたたんで窓際へ膳を運び、冷蔵庫から缶ビールを引き抜いて畳の上にあぐらをかいだ。
山菜の胡麻和えをつまみ、ビールを含んで星空に見入った。

無尽蔵の星々がまたたく夜空は、冴えわたる闇と光に統べられ、ただただ美しくそこにあった。
星の群れが絵の具の刷毛を振ったように林の稜線から立ち上がり、太い光のベルトとなって夜空へと逆巻いている。
このあたりの秋は早い。
ほのかに冷たい空気の奥に虫の音をこもらせ、ときおりの風がさわさわと葉を揺らし、圭司の頬をなでていく。

ずっと眺めていると平衡感覚が失われていきそうな星空の下で、初めて麻衣を抱いたときの感慨が圭司の中によみがえってきた。

ぼろぼろになっていた麻衣を抱き寄せて、初めての愛を交わした。
¨幸せにしてやれるんじゃないか¨
青白い月明かりの中で、あのとき確かにそう思った。
実際に麻衣は幸せになれそうだ。

『いいんじゃないかな』

そうつぶやいて、圭司は夜空にうなずいた。


 
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